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キレる教師

先日、本読みをしに行っている小学校で教師による体罰?事件がありました。

給食中に床に落ちていたいなり寿司を見つけた先生(56歳)が子供たち(二年生)に何故給食が落ちているかと問いただしたところ、一人が「給食中はしゃべったらいけないのに、先生いけないんだ。」と突っ込みを入れた。
突然教師がいなり寿司の所へ連れて行き、「見ろ。」と言って床に3回頭を打ち付け2針縫う怪我をさせたとのこと。

−ーーーこの程度の子供の口答え?にキレるとは、よほど普段からストレスがたまっているんだろうな、と想像がつきます。
そして上手く自分でガス抜き出来ていなかったとも。

だいたい給食中は黙って食べるように指導しているってところからして、この先生の頭の固さが出ている気がします。

この小学校は今、各学年1クラスで生徒数は25人前後。
ちょっと前の1クラス40人体制を考えればぐっと子供たち一人一人に接する機会も多いかと思います。そして田舎の小さな小学校ですから、町中の子に比べたらそれこそスレてないというか、純朴な雰囲気があります。
それでもこの先生には、ストレスが溜まるようなクラスだったのでしょうか?

ワタシも今年一回だけこのクラスへ本読みに行っていますが、特に荒れた印象は無かったような。
たいてい低学年はよく聞いてくれるし、リアクションがあって楽しいんですよね。
まだ赤ちゃんぽさも残ってるし。
そんな幼さが残る学年で、楽しい給食時間に「おしゃべりは一切ダメ!」なんて言われたら悲しくなってしまいます。
食事中に無言・・・・なんて寂しい風景だ。刑務所じゃあるまいし。
給食時間は子供にも大人にも息抜きタイムであるし、そんな時に交わすたわいもない会話が友達との絆を深めたりするものなのに、この先生の目的がイマイチわかりません。

友達とおしゃべりしながら食べるのは(もちろん口に食べ物が入ったまま話すのはNGですが)とっても楽しいじゃないですか。
沈黙の中で食べる給食。食が進まなそう。(あっ、時間内で食べさせるという目的かもしれませんね。)

先生は子供たちに「生きる楽しさ」や「友達の良さ」なんかを教えてあげる機会を持たせることが、後々勉強以上に大切な心の芽になるんじゃないのか、と思うんです。
躾も大事でしょうが、いつでも緊張を強いられる教室は面白くないし、結束が生まれる訳もない。
生真面目故に子供が乱れることを恐れて、躾け、しばりをキツくするのは逆効果というのはこの先生くらいの経験を積んでいればわかっていそうなものなのに。(もしかすると今までは中学校の担任だったのかもしれません。それなら合点がいきます。)
あるいは一日にこなさなければいけないあれこれをスムーズに消化することに躍起になっていたのかもしれません。

結局、この事件の問題点は先生の気質(決まりは厳守、少しの乱れでも気になる)、融通の無さにある気がします。
先生自身、楽しい生活を送っておられるのでしょうか?心配になります。

「先生、おしゃべりしちゃいけないんだ〜〜。」と子供に突っ込まれたら
「はは、こりゃ一本取られたね。 でも食べ物を床に落として知らんぷりはいけないな。」くらいの心の余裕が先生にあれば・・・・

人間相手の仕事だもの、もっとお互いの気持ちを考えて「合気」ですよ!
頭ごなしに叱るんじゃなくて、どうしていけないのか、とか子供が納得するようなエピソードや自分の体験を絡めて話せば子供たちだってよく聞いてくれますよ。

ーーー余談ですが
「子どもに愛されたナチュラリスト シートン」 小泉吉晴著 福音館書店  より引用。

「教育」(英語で「エデュケーション」)という言葉は
ラテン語の「引き出す」という言葉からきていて「教える」というより、もともとその人がもっている能力を「引き出す」という意味です。
ところが日本語に訳される時、「教育」という言葉にしたために「教え育てる」という語感から「教育」の意味に誤解が生まれました。
 本来は、人がその気になった時に、助けるという姿勢が「教育」の基本になるといえるでしょう。(中略)シートンは自然の中で遊び、感じて、考えることで、子どもたちの「驚く心」や「分かち合う心」が引き出され、経験が積まれ、そしてその人らしく自立していくものだと考えました。



ーーーーう〜〜ん、「教育」の意味からして日本では間違っているのか。(ため息)
by mieru1 | 2008-10-26 00:28 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

いくつになっても子供は可愛いもの

昨日、インターハイの山岳競技の手伝いに行っていた長男(19歳)を上熊谷まで車で迎えに行きがてら、PC-DEPOに行く用事があったので息子にナビゲートをお願いしました。
ワタシ、運転大嫌いの上、方向音痴、道を覚えられない、覚える気もないという、ドライバー不適合者なので、こういう道を知っている人がいないと行けないの・・・

で、久しぶりに会話する長男はそれはもう(普段もそうなのだけれど)優しく道案内してくれて、インターハイの様子など、とてもワタシの息子とは思えないほど、おっとりお話してくれます。(これはもう、持って生まれついたものと思っている)
この前もワタシがデジカメか何かをいじっていてキレていたら
「あのね、お母さん、それはね・・・」と半ば呆れ返ったようにまるでお年寄りを諭すように説明してくれましたです。
ああ、いい息子を持ったなぁ〜〜〜。(涙)

こういう会話をしていると昔ジャンプに載っていた「1、2のアッホ!」(コンタロウ)の1シーン
「い〜つ〜も〜す〜ま〜な〜いね〜〜〜、定岡〜〜。ゴホッ、ゴホッ。」
「いいんですよ、カントク。」
が浮かんでしまうのだった・・・・
(まさか自分が四十路でカントクになってしまうとは。ううっ。)

家は男の子が二人ですが、年齢の割にはよく親と会話するし普通に仲もいい方だと思います。

昨日は次男が宿題を友達とやるために図書館へ行き、帰り急遽一緒にご飯を食べることになったと言って遅くなったけど、話を聞くと友達の中学時代の思い人がバイトしているトンカツ屋さんへ皆で行って、一所懸命その娘と話すチャンスを作ってあげたんだ、という何やら青春の甘酸っぱいお話を聞かせてくれてこちらまで一緒になって嬉しくなってしまいました。

子供が早く大きくならないかな〜〜、と思っていたのは大分昔に感じます。
男の子はもれなく反抗期に入って親に乱暴な口をきくもの、時には大喧嘩をして破壊したりと、男の子を育てるのって怖いんだろうな、と不安に思っていたことは一つも起こりませんでした。

二人とも身長はとっくにワタシを追い越したけど、どんなに大きくなってもスネ毛が生えようとも子供って可愛いんだな。
昔、死んだ祖母に「娘がおばあちゃんになっても可愛いものなの?」と聞いたら
キョトンとした顔で「可愛いにきまっているよ。」と言われたことを思い出します。
by mieru1 | 2008-08-11 21:46 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

我が子は誰に似ているのか?

昨日は次男坊の16回目の誕生日だったのですが。

子供が生まれる前、両親が関心あるのは元気な子か、男か女か、の他に
「一体どっちに似ているんだろう・・・?」だと思うんですよ。
それこそ生まれて来るまでのお楽しみですね。

で、次男坊は生まれた時からおっさん顔
口はへの字でムスッとしていて額は広く老け顔、はっきり言って「可愛くない」赤ちゃんでした。
お兄ちゃんがお地蔵さんみたいな可愛い顔をしていたのでその落差が・・・・
それでも肉付きがよくなり、表情も出てくるとおじさん顔も可愛く思えてくるから親バカっていうんでしょうね・・・

3歳くらいになると、顔は旦那のお母さんによく似ている・・・・
特に眉が薄いところ、目の辺りがよく似ているのだった・・・・
内心「ワタシの遺伝子って弱いんだ・・自分は父親似で実家の父の家系はほぼ全員同じ系統でそろっているからてっきり私の遺伝子のほうが強いと思っていたのに・・」と落胆するのであった。

可笑しいのがこの子、2歳くらいでやけにオシャレさんだった。
出かける時は必ず「ぼくの帽子」をかぶり、ロンパースなどの上下の繋がった服は絶対に着ない。そして母であるワタシの濃い眉毛を見て「お母しゃん、じゅるい〜〜〜〜。」と自分の眉毛をなすっている。こんな幼児なのに濃い眉毛がカッコいいと思っていたようだ。(そういえばあの子が好きなヒーローはそんな人ばっかりだ)
しかし義母はワタシが「おばあちゃんに似ているよね。」と言うと必ず「実家のお母さんの声に似た可愛い声をしている。」と応えるのでした。

月日は流れ・・・・
薄かった眉は無事に濃くなり、顔立ちは・・・・旦那はワタシに似ていると言う。
ええ〜〜〜?あんな愛想のない顔してるか〜〜〜?と言うけれど「似ている。特に口がへの字のところが。」と言う・・・・orz
顔もワタシと同じく面長だしね・・・でも自分では似ているとは思わないけど。

そして意外な遺伝子がここで発揮されたのでした。

それは声が実家の母の弟によく似ているということだ。

ある日、次男坊の留守番電話を聞いたらそっくりなんで驚いた。
声質だけではない。
緊張感のない、の〜〜〜んとしたしゃべり具合が同じなのである。
そういうワタシも普段の会話はこういう、のた〜〜〜っとしたしゃべり方をするのだ。
しゃべり方っていうのは母親の影響を受けやすいものかな、とこの時思った。
そして息子は二人ともワタシと同じ骨格をしている。(痩せて薄べったい体。手とかも)

ーーーーーーーーー

昔は兄弟が多かったので、それだけ両親の遺伝子がどのように現れるか、いろんなパターンがわかったと思う。
当然孫の数も多いので、従兄弟同士で似ていたりということもあった。
同じ兄弟でも全然タイプが違ったり、でも大人になって歳をとると似てきたりとか
手の形などの部位や声が似ているとか。複雑に両親の遺伝子が時を隔てて現れるのが面白い。

旦那の従兄弟で興味深いのが、両親よりも祖母によく似ている娘がいたこと。
家の次男坊みたいに大叔父さんに声が似ているなんて場合もある。
そう思うとずっと大昔のご先祖様の顔が現在あるのかもしれない。

ワタシはフィギュアスケートの織田信成くんを見た瞬間
「織田信長って絶対信成くんみたいな顔をしていたに違いない!」と思いました。
ただの想像ですが。(権力者の肖像画って本人より良く描いているというし。
写真を残さなかった西郷さんだって奥さんはどれも似ていないと言っていた。)

この先、子孫が生まれる限り、いつか自分の一部分が似た人間が出てくるのかもしれない。そういう自分は誰に一番似ているんだろうか?

そんなことを想像すると可笑しくって不思議な気持ちになってくるのでした。
by mieru1 | 2008-08-04 22:20 | 本読み/こども | Trackback(1) | Comments(4)

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。
今年は久しぶりに年賀状を元日に投函できました! ヤッタ!

ーーーところで私、
2〜4日とたった一人で実家へ帰っていました。
長男は大学受験のため、次男はお年玉にしか興味のない年頃になってしまい、
私も去年一昨年と仕事で帰っていなかったのです。

久しぶりにゆっくり親孝行してきました。
飲み過ぎで軽い二日酔いになりました。
昼寝つきでした。

親孝行はどこいった!?   ですね・・・・

読書もしました。
図書館から借りてきた本です。

「犬のいる暮らし」(岩波書店)
「美しい老後のために」(海竜堂)   ーーー共に中野孝次著


中野孝次といえば「清貧の思想」「ハラスのいた日々」が有名だと思うんですが
そちらは未読です。

中野先生の古臭い人生観が私は大好きですね。
それはよく言われる「美しかった日本人」の生き方でしょう。
そこには無駄はなく、日々の小さな、地味〜〜な行動が個人や周囲のささやかな幸せになっていた気がします。
自分と重なる部分もあるから余計共感してしまう。
先生のテーマである「よく生きること」というのが
プラトンで盛んに出て来た「善く生きる」と同じなのできっと好きなんだと思います。


40そこそこで今から「老後」を見据えた本を読むのもいいもんです。
私も「徒然草」、ゲーテ、老子、良寛など読みたくなりました。
流行りものよりも長い年月かけて生き残ってきた普遍的な古典を優先して楽しみたいな、という考えも通じるものがあると思いました。
「本物」の持つ面白さをなるべく多く吸収したいな、と。
(あくまで流行はアクセント程度の楽しみ方で)

マザー・テレサとまではいかないけれど、老後は身の回りをシンプルに、
必要最低限で自分が管理できるくらいがきっと一番暮らしやすいはず、と
自分の傾向がミョ〜にババくさくなってきています。(冬だから?)
昔からその傾向があるのですが、何か思考的実年齢が60〜70代というヤバさ。
(実際中野孝次氏が64〜74歳の間に書いたエッセイです)

しかし新年早々こんなブログをアップして大丈夫か?私。
「地味な漫画家」だけあって嗜好も大変地味なのでした。
by mieru1 | 2007-01-04 18:05 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

高校生でできちゃった結婚

ああ〜〜〜、ショックだよ。

何がって、今年の甲子園のヒーローのハンカチ王子と田中くんが
うちの長男と同い年だったことに気付いた時。

「弥勒菩薩のハンカチ王子より仁王様タイプの田中くんのほうが好きだな。」なんて思っていてハタと気付いたとです。

いつの間にか次男もカツオくんより年上だし。_| ̄|○


ーーーで、お題なのですが。

知り合いの息子(長男と同い年)が高校生ででき婚したと聞いたのです。

ショックです。
こんな歳で親になるなんて。
今日今まで親の世話を当たり前に受けて自立もしていない子供が親になることに。
今どき珍しいことではないのに、いざ我が子と同い年のあの子が、となると実感度が全然違います。

私の子育て論としては、
「社会に出て一人で生きていけるようにする」というのが念頭にあります。
社会経験も投票権もない齢の人間が親になっていいのか?
クロールをやっと覚えた人間を大海に放り出すのに等しい怖さを感じます。

「十五で姉ぇやは嫁にいき」の時代より
遥かに今の子は頭が幼いし、社会経験も少ない。
ゲーム遊びなどで人とコミュニケーションする時間が昔と比べ、圧倒的に少ない人間が、自分の意のままにならない赤ん坊を育てる。

仕事についても高収入も望めず、
自ら格差社会の底辺に所属しようとしている自覚さえあまりなさそう。
(まぁ、大卒で漫画描いてる人間も底辺なんでエラそうなこと言えないのが痛いです
が)
自分をレベルアップさせる時期を逃すことにもなる。
(もちろん歳をとってからも可能だけど若い時と歳をとってからでは可能性が違う)
そんな収入も少ない家庭で子供を育てる。
一番自分を自由に使える時期に子育てで苦労することに耐えなくてはいけない。

その子も初めて人生の瀬戸際に立ち、戸惑いだらけでしょうが出産は待ったなし。
生まれてくる子供を守ってあげないといけません。
生まれてきたからには「やっぱりいらない。」とリセットボタンを押すわけにはいきません。
幼稚なもの同士、結婚して一つ屋根の下に暮らして「こんなはずじゃなかった!」と
喧嘩が絶えなさそう・・・
と、どうしてもネガティブな連想しか出てきません。

しかし、産むと決めたからには何としても親が手助けしながら
自立と子育ての手伝いをしてあげないと若いカップルのこと、すぐに不幸に直結していしまいます。


私は子育てもかなり楽になって、犬を飼い始めたわけですが、
世話をすればするほど「人間の赤ちゃんが一番可愛い」と当たり前のことに気付く。
きっと犬臭いニオイも母犬にとっては母性本能をくすぐる可愛いニオイなんだろうな。
若い二人にとって生まれてくる赤ちゃんが親としての自覚を促してくれるように。


ーーーそれにしても赤ちゃん、子供は可愛い。(特にアジアの子供)
もう一人欲しいくらいだけど、今の環境で育てたい、とはとても思えない。

「こうなったら息子達に代わりに赤ちゃんを作ってもらって
可愛がりたい時に可愛がってあげるのがいいな。
孫じゃ孫〜〜〜。孫が欲しい。」
なんて密かに思っていたのだが、
今回の出来事を通してとてもお気軽に子供が欲しい、などと思ってはいかんと思ったのでした。(資金援助もできないし)
by mieru1 | 2006-09-15 17:26 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

想像(妄想)力っていいよね

皆さん、あれからずっとフレンチブルドッグの「ぶん太」くんは元気ですよ。
そう、私の脳内で。

いいですよ、脳内ペット。
お金も手間もかからないですからね。ええ。
好きな時に自由に遊べますし。
世の中には二次元キャラと脳内結婚している人までいますからね。
本人がハッピーなら何でも良し!

妄想力、これは正に貧乏人に必須の力です。
妄想力さえあれば世界中どこへでも行けますし、有名人やマンガのキャラクターともお話できちゃいますから。


昨日本屋さんで今まで読んでみたいと思い続けていた絵本にお目にかかれました。
十年近く前、長男が通っていた幼稚園で福音館書店の編集者さんの講演会で紹介された「かがくのとも」です。

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(かがくのとも 2006年4月号)

「このよで いちばん はやいのは」
 ロバート・フローマン 原作

 天野祐吉 翻案
 あべ弘士 絵

カメとウサギが競走します。どっちが速いかな? 答はウサギ。それじゃあ、ウサギより速いのは? チータ。チータより速いのは?ツバメ。ツバメより速いのは、新幹線、飛行機、音、地球の自転、人工衛星、地球が太陽のまわりをまわる公転。いや、この世で一番速いのは、光だ。いや、光よりもっと速いものがある。それは……?
定価410円(本体価格390円)

ページ数:
28頁

サイズ:
25X23cm

初版年月日:
2006年04月01日
●対象年齢 5才から6才向き  福音館サイトより


この絵本は1968年に発行された
「もっとはやいものは スピードのはなし」で、
日本語版は1973年に絶版になっていました。

最初から「うん、それでそれで?」と、ぐいぐいと引き込まれ
最後の一行まで味わいつくして読めます。
本当に最後のページは一行一行間をとって読んであげたい。
と、久しぶりに小学校の本読みボランティアで読んであげたいと思わせる一冊でした。

う〜〜〜ん、ネタばらしになっちゃうから本当はここに書きたくないんだけど
実際に読む人は少ないと思いますので・・・
(以下ネタばれ)

光より速いもの

それは人間の想像力

想像力を使えば一瞬にして遠くの国にも大昔へも未来へも行ける

お金なんかなくてもどこへでも自由に行けるんだ

でもこの力は気をつけないと萎んでしまう

人間だけが持っているこの力を

なによりも大切にしよう



ーーーとまぁ簡単に書いてしまうとこんな感じなんですが
興味を持たれた方は是非本屋さんで手にとってください。
そして買ったら是非周りにいる人にも読んでください。

いや〜〜〜。
やっぱり想像(妄想)力っていいもんですね。
私も想像力をより強化してこれからの人生に大いに役立てようと思います。
by mieru1 | 2006-03-11 00:05 | 本読み/こども | Trackback | Comments(2)

「こどものとも」50周年記念

先日、久しぶりに川越の紀伊国屋書店へ行った。
本屋さんらしい本屋というのも本当に久しぶりで何から見ていいのかわからなくなる。

その時児童書コーナーへ行ったら
「福音館こどものとも50周年記念」のコーナーができていた。
で、思わず買ってしまったのがこの本。
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今まで刊行された「こどものとも」の集大成とでもいう本。
図録のような、目録のような。
そして看板絵本作家のインタビューも載っていてお得な一冊。
読んでいると色々創作のヒントも感じます。
わが子がとっていた頃の「こどものとも」ももちろん載っているし、
何より私が本格的に絵本に入ったきっかけでもある。
(私はどちらかというと「かがくのとも」の方が好きです。
「かがくのとも」のこういった本も出るといいのに)

で、読みごたえ抜群のこの本を読んでいると
「子供達に良い絵本を」という作り手の志の高さに強くうたれます。
そこには売らんかな、の物作りの姿勢ではなく、
「良いものを子供達に」、という良心を感じます。


私が漫画を読み始めた頃、
手塚治虫の虫プロから出した「てづかマガジン れお」という幼年漫画誌がありました。
当事300円で、創刊から6号で廃刊になってしまったと思いますが、この雑誌も
「子供達に良い漫画を」という手塚先生の使命感を感じさせました。
もちろん私は何度も読み返し、今でも心に残っている漫画が沢山あります。
私の子供の頃はまだこういった子供に寄り添う漫画がありました。
たぶん、「赤い鳥」などの児童文学などに影響されたものだと思うのですが、昔は「児童漫画家」というと、「子供達によい漫画を描こう」という使命感みたいなものがあったんではないかと思います。

はたして今はどうかというと、そういった世界は絵本と若干の学習関係の漫画ぐらいにしか生き残っていないのでは、と思います。

例えば今、児童向けの漫画雑誌が創刊されるとして
誰が児童漫画の看板作家になるんだろう?
漫画雑誌では売れないということで淘汰されてしまったジャンルだと思います。

今の売らんかな、の漫画が悪いと言うのではなく、
そういう漫画の片隅にでも児童漫画を少々生き残らせることはできなかったのかな・・・とあの頃の楽しい漫画を思うと残念な気持ちになります。
by mieru1 | 2006-02-08 01:07 | 本読み/こども | Trackback | Comments(2)

自由保育

先日の仲よし保育園。
今の日本では珍しい「自由保育」という保育スタイルです。

保育には

子供を自由に遊ばせる、子供の自主性を重んじた保育の「自由保育」

学校の授業と同じように「1時間目はこの遊びをしましょう。」などと先生が子供達を誘導して遊ばせる「一斉保育」があります。

今の主流は「一斉保育」で、ほとんどの子供達がこういった授業形式の保育をされていると思います。(保育園も幼稚園も同じです)
で、早期教育を取り上げてくれるところが近頃人気のようです。
(ドリルをやるとか、鼓笛隊をがんばるとか、英語のレッスンとかとか・・・)

私はまだ経験も浅い子供達につまらない勉強をさせるのは一種の虐待なのでは?と思うのですが、どうなんでしょ?
自分が小さい時を思い出せばとてもそんな時間が楽しかったとは思えないんだけど・・・
で、早くからわけわかんない勉強をやらされ、物わかりがわるければ親に叱られ、
「早くから勉強嫌い」にさせているとしか思えないなぁ。

では、この保育園の園庭を紹介!
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年長さんは大きめのプールで遊んでいます。
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この遊具は全て保護者の手作り。
「お父ちゃんが作った遊具」にこだわりのある園長先生です。
移転する時、私もこの「遊具プロジェクト」に参加しましたが、例によって女性は私だけでした・・・・
当然、父母の負担は大変なものですが、それを避けていては子育てはできないのです。
自分も子供になって遊んでいたい園庭です。
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旧園舎から持ってきたプラムも見事に実っていました。
ちょっぴりおすそわけしていただきました。
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そして嬉しかったのが、この数珠玉。
私が河原から種を持ってきて、園の庭の片隅に捲いたのです。
息子が年長時の秋、たわわに実って、男女を問わず、ネックレス、ブレスレッド作りを楽しんでいました。
その後もわざわざプランターに捲いて育てていてくれたのかと思うととっても嬉しかったです。
だって数珠玉って実のくせに陶器のような輝きをみせてくれて、とっても不思議で魅力的なのです。

ちびっ子ならきっと好きだよね〜〜、というのがわかる私です。
(そういえばお散歩タイムに同行してザリガニでザリガニ釣りを教えてあげましたよん。ーーー実はそういう釣り方したのその時が初めてでしたが)

園長先生と長話をしていて「そういう子育て漫画を描いたらいいじゃない?」と言われましたが、今さらねぇ・・と思いましたが、この「自由保育」の楽しさは是非多くのお母さんに知ってほしいな、と思いました。
きっと知らない人が多いと思うんだ。

とにかく子供の表情の素朴さ、素直さ。
ほんとにどの子も「かんわいいい〜〜〜〜!」と感じちゃいます。

しばらく子供達をながめていて、つくづく「嗚呼、この時ばかりは女で良かった・・・。」と思いました。

(しかし、ちっとも漫画家のブログらしくないですね)
by mieru1 | 2005-09-03 20:27 | 本読み/こども | Trackback | Comments(8)

男の子の脳は未来嗜好

今日は次男が通っていた保育園の園長さんが訪ねて来て、保育園の看板を書いてほしい、と板を持ってきた。
次男が在園中、看板を書いたのだが古くなってボロボロになってしまったのでまたお願いしたいとのこと。

ちょうど次男もクラブから帰ってきたので挨拶させたら園長先生のことがわからない。覚えていないと言う。
えっ?たったの7年前のことなのに?と思っていたら園長先生は心当たりがあるのか

「男の子は忘れちゃう子が多いね。ある年までは覚えているんだけど、それ以上になると忘れちゃう子が多いんですよ。まぁ、照れもあるかもしれないけど。
女の子の方はよく覚えてますね。」

「どっちかというと男の子は『未来へ未来へ』頭がいくのに対して女の子の方が『過去へ過去へ』いく感じがします。」

うう〜〜ん、なんとなくフに落ちてしまった。
私も未来の事も考えるけど、それ以上に過去の楽しかったこともよく頭の中で反芻している。
子供が小さくて可愛かった時のことなんて毎日のように思い出しているし。
(我ながら異常なんじゃないかと思うけど本当に可愛かったからなぁ。今では影も形も見られないから余計に)

園長先生は長年の経験から「やっぱり男の子と女の子は頭の作りが違いますよ。」とおっしゃられていた。

男脳女脳という学説もあるけど、この「未来嗜好、過去嗜好」って面白い。

男脳は「一つのことしか出来ない」とか、エジソンは研究に没頭してしまうと奥さんの顔を見ても誰だかわからない、という逸話があったというし。(やはり天才の頭脳は一味違う)
なんとなく競走馬がマスクして前方しか見られなくなってしまっているところを連想してしまいました。
by mieru1 | 2005-08-02 20:32 | 本読み/こども | Trackback | Comments(2)

私の子育て 原点

ふりかえって子育てに深く関係していそうなことを書いてみます。

まず、テレビ番組「いきものばんざい」「野生の王国」、あと不定期にやる「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」
小さい時から生き物が好きだったので、この番組は欠かさず見ていました。(多分終了するまでほとんど見たと思う)
一カ月に8回は動物番組を見ていたことになります。
で、段々「いきものばんざい」は国内の生き物を取り上げている、ということに気付き、子供の私は当然のように「野生の王国」のほうが豪華で楽しく感じられるのでした。

今では動物番組というとバラエティー色豊かになりましたが、これらの番組では時々動物の交尾から出産シーン、もちろん子育ての場面とあって、動物の自然の営みを見る事が出来て子供ながら「子育てとは子供を自立させること」だと学びました。
そのためには過保護ではなく、厳しい自然の中に一人で巣立っても生きていけるように力をつけさせて育てる、ということが根底にあります。

女子高時代の授業。
うちの高校は付属校だったので、ユニークな授業があり、「母と子の絆」という特別講座を専攻しました。
主に子供の成長、母乳と子供の関係などを学びましたが、テーマがテーマなだけに人気はなかった(しかも教授が男!)ですが、私はこの時、母と子のスキンシップの大切さを教わりました。

もう一つ、倫理社会の授業が一般に習う授業でなく、先生が選んだテキストを使って習いました。
確かエンゲルスの「人間の手における労働」とかいう資本論か何かの一部を抜き取ったものでしたが、ここで人間がいかにして他の動物と違う進化をしたか、という勉強をしました。「労働」の話よりも「二足歩行によって脳が大きくなり、手を使う事で脳が刺激され発達した」ということの方が私にとっては興味がありました。
よく考えると二つの授業とも「動物である人間」が絡むお話なんですよね。興味があるわけです。

で、この先生がオススメとして紹介してくれた本「森林がサルを生んだ」「アマラとカマラ」がとても印象に残りました。
特に「アマラ・・」はインドの山奥で捨てられオオカミに育てられた子供を人間社会で育てる実話ですが、ここではいくら後から人間の教育をしても結局アマラ達は最後まで人間らしい行動を学習することはできなかった、という事実に驚きました。

大学はギリシャ哲学、プラトンを選びました。
「哲学」なんていうと難しそ〜〜、と思われるでしょうが、プラトンは面白いほどよくわかります!バカな私が読んでもわかるんですからオススメです。
対話形式になっているので読みやすくソクラテスが対話によっていかに答えを導いて行くか、というところにも面白味があります。
プラトンの著作のテーマとして「人としていかに善く生きるか」「善、徳とは何か」ということが繰り返し出てきます。
この二つのテーマが自分の生き方に「それでいいんだよ。」と後押ししてくれた気がします。
そしてそれ(人としていかに善く生きるか)が私の子育ての軸になっている気がします。

その他にも子育て中に読んだ「センス・オブ・ワンダー」、「心の基地はお母さん」、「わんぱくのすすめ」が特に心に残る本でした。

ーーーまとめると

1、「子育てとは子供を自立させること」
2、「人間の脳の発育にそった学習をしないと修得できない事がある」
3、「人の生き方」
4、「自然と子供の関係」

この4つが考えられますね。
この前の「子供とゲーム」に関しては2と4の項目から不安を感じました。
「わんぱくの・・・」で紹介されていた『退化してしまった機能はもう進化することはできない』、という学説にも不安を感じました。

現在息子は高2と中1ですが、今のところはまっすぐに育っていると思います。
学力はどうでしょう・・・(汗)
いいんです、学力は。
そんなことよりもこの子達が自分の力と頭でより良い人生を歩んでくれたらいいんです。
母はそれで満足です。
もちろん巣立ったら動物の親同様に子離れできると思っています。

ーーーていうか、私の人生それからだっっ!!ぐらいの気持ちでいます・・・
by mieru1 | 2005-06-26 01:30 | 本読み/こども | Trackback | Comments(11)