宮本常一を読んで色々考える

今月の伝記漫画は民俗学者の宮本常一なんですが
もしかして自分の好きな分野の学問ってここらへんに根っこがあったのかなぁ、と不思議な巡り合わせに嬉しくなりました。

元々庶民の生活や、昔遊び(草花遊びや自然遊び、子供同士で遊ぶような伝承遊び)、人間が動物寄りの生活をしていた頃(自然の中で生きる)のこと、今は無くなってしまった日本文化、人とは何か、に興味があったので、そういう時代を幅広く調べあげていた人がここにいた!という正にドンピシャな人に仕事上とはいえ、知ることができて嬉しい。

歴史を動かした人々ではなく、普通の人々がどう暮らしていたかという事は学校では教えられることもない。
ちゃぐりん読者にも、「こういう学問があるんだ!」と知ってもらえて、それが面白いと興味を持ってもらえたらいいな。

それと「民俗学の旅」を読んで、何故か「人生これから、まだまだ色んなことに挑戦していってもいいんだ。」という読後感を持ちました。
何故かと考えてみるとそれは多分、宮本常一の60年間くらいの人生の中で色んな変節があったこと、
自身が既存の民俗学に物足りなさを感じて自分の興味のある方向へ研究が変わっていったように、
「漫画家とはこうあるべきでは?」という一途すぎる生き方は誰が決めたものなのか、それは自分にとって意味のある縛りなのか、という既存の漫画家像と重ね合わしたからだと思います。
ワタシの場合、やはり漫画雑誌に掲載されるのが漫画家本来の姿、という葛藤があるせいだと思います。
生き方に決まりはない、各職業、各学問にだってオリジナルがあってもいい。そう思えたからです。

つまりこういうことか。

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岡本太郎も常識に囚われるなと言っていたよな。



漫画業界の行き詰まり感、それに伴う「いつまで仕事があるのかなぁ。」という漠然とした不安。
(あまりにも「漫画家は若くないと仕事がない」という風潮が蔓延しているので)
でも、まだ先が長い人生、お休み期間もあることでしょう。
そういう時に自分の好きな分野のことを経験したり勉強して、それを土台に創作(この場合、商業的になるか個人的なものになるか不明)に戻って来られればいいんじゃないかと。

そうそう、伊能忠敬だって隠居してから地図製作の勉強を始めたんだもんね。(確か40代から)
シャネルだって老婆になってからシャネルスーツのヒット作を生み出したんだし。
年をとってからだって一大事業はできるんだから、自分だってささやかながら小品くらいは描けるはず。
職業的にはずっと漫画一筋で生きてきたのでいつの間にか自分の歩く道はこうあるべき、と理想の漫画家像を追いかけるあまり心が硬くなってしまっていたようです。
年と共にできる事ができなくなっていく訳だし逆に若ければできなかったことができるようになっていく訳だし。
その時々で生き方が変化していくのも当たり前のこと。


旅に出て寄り道して故郷へ外の情報を持ち帰ってくるーーーーそういう「世間師」みたいな部分が表現者にあるんじゃないか。

そんなことを思ったのでした。
by mieru1 | 2012-03-23 15:18 | いろんな感想 | Trackback | Comments(0)
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