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ネーム推敲

ぐわわ〜〜〜ん。(涙)
またしても締め切りまでの時間が足りなくなってしまった。
何故かというと、今月のネームの出来が良くないからだ。

赤入れ(テキストの修正)して返ってきたネームを見る勇気が湧かず、かつ背中のコリもひどく(コリが溜まるとやる気が出てこないんです)
思い切ってマッサージに出かけたついでに入ったガソリンスタンドで予想外の時間を食ってしまったのだ。
(オイル交換とエレメント交換を忘れていたのでエンジン内の洗浄という余計な時間と予算がかかってしまったのだ。)

とにかくテンションが下がる原因を取り除いて、やる気の出ない言い訳はできなくなったしタイムリミットも近づいてきたしでついにネームを見直す作業に入り、先ほど終えました。
正直、自信のないネームや作品を見るのって辛い作業なんです・・・・。
作画時間、あと四日間。デッドラインです・・・

伝記漫画は取り上げる人物によってテンションも出来も違ってくると最近とみに思います。
女性は特にテンションが下がります・・・・
シャネルとか荻野吟子みたいな人は描いていて燃えるのですがあんな人、男でもそういない・・・

人物に感情移入できないとネームの出来も悪くなり、テンションが下がり・・という悪循環に入ってしまいます。

でもこのまま納得できないネームで描くと絶対途中で自己嫌悪になるのが目に見えているので
時間の許す限り手を入れます。
不出来な作品を発表したくない、という恐れです。
こちらがどんな事情で描いていようが読者には関係のない話です。
読者には作品が全て。言い訳は誌面でできないのです。
たとえ言い訳を読者が知ったとしても、「だから何?そんなの知ったこっちゃない。あんたプロなんでしょ?」で終わりです。
だから全責任は自分にある。
監修者がいるとはいえ、話の内容をチェックするだけなので話の構成から全ての責任は餅屋である漫画家の責任。そこに緊張感が生まれる訳です。

自分でイマイチと感じて推敲しているのだから第一稿よりは良くなっているはず、というところでひとまず安心して発進できるのです。
とりあえず第一稿よりはマシ。

発表前からこんなことを書いちゃうのは不謹慎なんですが、今そう思っているのは嘘ではないので。
あとは絵を頑張る。
やる。やるのだ。
by mieru1 | 2012-01-26 01:05 | 仕事 | Trackback | Comments(2)

絵が枯れる

漫画家も年を取ると絵が枯れてくる人が多いですが、自分も老眼になり体力の衰えを感じるにつけ
枯れて来る原因は体力(視力と気力)と深く関係しているんだな、としみじみ思うようになりました。
前はそれこそ熟練して到達するのが「絵が枯れること」だと思っていたんですが。

絵が枯れる(衰え)のをまず先に感じるのはペンタッチでしょうか。
線と線の間があく。震える。全体的に白っぽくなっていく。雑になる。
若い頃と比べて線に熱がこもってない。元気が無くなった、とか。
(まぁ絵が洗練されてくると荒っぽさが消えて大人しく感じる部分もありますが)
ペンタッチは微妙な力の入れ具合で変わってくるので当然といえば当然です。
もちろん変わらないで同じクオリティーを保っている漫画家さんもいますが多分本人は「以前の自分と違う!」、と感じていると思います。(こういうささいな違いは本人にしかわからないので。)

メガネの上に拡大鏡をかけてペン入れをすると細かい所が見えるせいか
今まで自分が気に入らなかった描線って実はよく見えていなかったのかも、と気づきました。

自分では細い線で描いたつもりなのに、何故印刷されると細く描いた所まで太くなってメリハリがないんだろう、と不思議に思っていたんですが拡大鏡をかけて見ると感動するくらい細い線が描けるんですよ。
今までメガネ(近視用)で見ていた線だと、本当の太さが見えていなかったのでは?と思ったのです。

そういうことから、「目の衰え」が真っ先に線に反映するのでは?と思ったのです。

それに拡大鏡をかける前は細かい箇所を描く際、メガネを外して原稿用紙に顔を近づけて描いていたんですが
これも紙に近づくことで絵を全体的に見れなくて余計バランスの悪いものになっていた気がします。
それこそ自分では太く描いたつもりでいたのに逆に思っているより細かったり・・・
それと小さい絵を描く事が多いので、わずかなデッサンの狂いが「雑」に感じる原因になるのです。(ゆがみに気づきにくい、細かい所まで描きたくない)

それと短い期間で一人で漫画を仕上げる場合、物理的にじっくり絵を描けないのと
年齢と共に気力が低下してくるので絵に粘りが無くなってくるんです。
以前板垣恵介先生が「ペンに熱がのる」と言っていたと思いますが、とてもよくワカル言葉です。
この熱の部分が気力と共に少なくなっちゃう。
ですので「最近この先生、絵が変わってきちゃったな。衰えたなぁ。」「大きな絵が多くなった。」なんて感じると、これはきっと目のせいだ、と思うようになりました。

目の他にも毎回毎回楽しく充実した漫画を描かないと、これもテキメンに絵に現れてきそうです。(テンションが低いと絵にも現れるので。)

ワタシの場合、テンションが下がる理由の一つには「生き生きとしたキャラクターが描けていない」ということにも気づきました。
やっぱり自分が描いていて楽しいキャラクターだと自然とテンションも上がり、その気持ちが絵に伝わっていくんですよね。
その点、教材のイメージキャラや伝記漫画は自分が感情移入できるか否かに大きく左右されるので苦労します。
自分でイマイチ、と感じるのは大抵そういう時です。

ホント漫画は絵と脚本、キャラクターと切り離して作れないところが難しい。
この三つが上手く噛み合うと自分でも描いていて楽しいです。


年を取ってもいい絵、安定したを描くためにも「心身を健康に、充実させなくては」と思います。
若い頃と同じくらいのパフォーマンスを続けるには必要なんだと体力の衰えと共に思います。
このバランスが崩れると年寄りには取り返すのが難しいんだと思うのです。
お酒の飲み過ぎも年を取ると線が荒れる原因になりそうなので最近は控えるようにしています。
(それほど呑みたくなくなった)
アルコールは脳にダメージを与えますからね。
そういう意味で表現者もスポーツ選手と同じような健康管理をしないと、と思います。

と言いつつ、いつまで経っても自分の満足する絵が描けないところにジレンマを感じます。
(常に自分の絵が下手な原因を考えているので)
技術、体力もなんだけど、多分に絵に対する考え方も関係してると思うんですよねーーーーー。
by mieru1 | 2012-01-23 22:45 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

猪木bot

アントニオ猪木本人は嫌いだが「猪木語録」は好きなワタシ。

Twitterでアントニオ猪木botがあったからフォローしたらコレ、10分おきに呟くらしくってタイムラインにしょっちゅう猪木様のお言葉が流れてくる。

なんか猪木に洗脳されてしまいそうだわーーーーー。

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ううむ、やっぱりいい事を言っているな、と思います。
本人は全然尊敬できないんですがなんなんですかね。
どうも子供の時にアリ対猪木戦を見てしまってからというもの、漫画「タイガーマスク」の猪木像を裏切られた思いがあって胡散臭い人にしか見えません。
だいたいプロレス黄金期でさえワタシのまわりの女子に猪木ファンなんて見た事ないんだけど女性人気ってあったのかしら?
だってあのジャンボ鶴田でさえ友達のお母さんがファンだったから益々猪木ファンっていたのかなぁ?・・・と。(笑)
え?ワタシ?ワタシはもちろんタイガーマスクのファンでしたよ。短い期間だったけど。
あとは・・・・大木金太郎も漫画の中では「いいやつ」で大好きだったのですが、その頃は悪役をやらされていてプロレスをよくわかっていなかったワタシは幻滅してしまったものです。
あとはブロディとかダイナマイト・キッドあたりかなぁ。
キッド対タイガーはその本気さ加減が凄いですよね。今見ても感動する。二人の身体能力も素晴らしいし。
でも新日はあまり好きではなかったの。
煽ってる試合ほどしょっぱい内容でそのトホホ感は半端無かったです。ハイ。
当時はサンデーで「プロレススーパースター列伝」も連載していたんだよね。

そういえばワタシのアイコンは
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だし、
ブログの最初のタイトルは「みえるのバカになれ!」だったし予想以上に猪木に洗脳されていたのかもしれません・・・・


うわ〜〜〜ん、こんな自分が恥ずかしいっ!!


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はい、その通りでございます。
by mieru1 | 2012-01-19 00:06 | 梶原一騎 | Trackback | Comments(4)

「普通に面白い」という感想

最近レビューなどでよく見かける「普通に面白い」という感想。

これ、すごく困りますよね。
というかこのような曖昧な言葉遣いが日本人らしいというか。
ハッキリしないのが嫌いなワタシには嫌な言葉です。(笑)

自分としては「どこが面白く感じるのか」が知りたいのにそう言う人に限って具体的にここが面白いと思う、という言葉が無いのです。漠然としすぎて何がいいのかさっぱりわからない。

つまり評価としては及第点だけど「可もなく不可もなく」と言ったところか?と思う訳です。
5段階評価で言えば3以下か?
そう考えると「普通に面白い」は褒め言葉ではない。
単に「つまらなくはない。そこそこ。」だと思う。
「つまらなくはない」=「面白い」ではないはずだ。

そして「普通に面白い」という言葉には自分の下した評価に難癖つけられたくない、という下心も垣間みれるような気がします。
つまりその感想について追求されたくない、という逃げを感じるのです。
感想なんて人それぞれなんだから多数が面白いと思うものをつまらないと言ったっていいじゃないか。
そしてそれ(自分と同じ感想を持つこと)を強要するのも変な話だ。(私は面白いと思うけどそれを面白いと感じない貴方は変ですね、とか。それって気持ち悪くないですか?)


本当に「面白い」と思ったら。

そこには興奮が伴うはずだと思います。
面白いと感じたから誰かに伝えたい!
そういう感情が入ってくるはずです。
具体的にどこが面白かを言えない「普通に面白い」は変な訳です。
だからワタシはその興奮度で「面白さ」を判断できるのでは?と思います。

例えば。

帰省した時、姉が初めて使うiPhoneについて「こんなふうに今までと生活が変わった!」と教えてくれました。
かなり興奮してアレコレと教えてくれました。
こういう興奮が皆に伝わったからこそあれほどの大ヒット商品になったのでしょう。

では地味な作品には興奮は伴わないのでしょうか?
それも個人によって興奮度が違ってくるでしょう。

ワタシは去年読んだ数少ない漫画の中で一番「この漫画はすごい!」と感動したのが
古い作品ですが新潮社から出ていた「ゴッホの生涯」(芝田 英行)でした。
超超地味な漫画です。
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その次が「料理人ーつくりにん」(小島剛夕)。
その次が「ブラック・ジャック創作秘話」(吉本浩二)。
(全部地味やねん。さすが地味な漫画家。いずれの作品も主人公が一所懸命自分の人生と闘って生きているところが好きです。そういう意味で梶原一騎作品が好き。)

「ゴッホの生涯」はちゃぐりんの伝記漫画の参考に読んだんですが、そのとっつきにくい絵柄で損をしていると思うものの、見事にゴッホの生きた世界へと誘ってくれました。
ゴッホの泥の中を這いずり回るような、どうにもならない生き方を見事表現しているというか。
この絵柄だからこそそういった世界を表現できたのだと思います。
例えばこの漫画を谷口ジロー氏が描いたら、もっと注目を浴びたでしょうが
同じような陰鬱とした世界が表現できたとは思えません。(別の作品になっている)
作者自身もゴッホになりきって描いているのがビシビシと伝わってきました。(漫画家版北島マヤみたいです)
漫画の世界だけどものすごいリアリティを感じ、ワタシもゴッホという人物を感じました。
そこに「すごい!」と感動したんでしょうね。

この作品自体、発行部数も少なく日の目を見ずに「知る人ぞ知る」作品になってしまったようです。
その後この漫画家さんが漫画を描いているのかは不明ですが、同じ漫画描きとして
渾身の一作を描けただけでも勝ち組ではないか!と羨ましく思いました。
売れた売れないなんて関係ない!いい物はいいのです!
(良い物が必ずしも売れる訳ではないのです)

ーーということで超地味な作品でも興奮することはあるのです。
「普通に面白い」なんてつまらない。
「普通に面白い」には興奮が感じられないのです。

そしてワタシは今年もそういった「面白さ」に出会いたいものです。
(自分自身もそういう会心の作品を描きたいものです。切に。)







ああ、そう思うと朝青龍の相撲は本当に面白かった・・・・・
あんなに相撲で毎日興奮したことは無かったわ。
by mieru1 | 2012-01-10 00:59 | いろんな感想 | Trackback | Comments(7)

これも分離不安症?

正月、二日間だけワタシ一人が実家へ帰ったのですが、毎度のことながらぶん太が変になったとのこと。

犬を一匹で留守番させると不安がって問題行動を起こすことを「分離不安症」と言います。
一匹になった時に問題行動が強く現れます。
主な症状は下記の通り。
アイリスペットどっとコムより )

・ 来客時や帰宅後等興奮時に犬を触るとお漏らしをする(いわゆるウレション)
・ 小食である(拒食症である場合が多い)。
・ 飼い主が出掛けようとすると異常に落ち着きがなくなり、吠え始める。
・ 飼い主の留守中に限ってトイレができない。
・ 飼い主の留守中に限って物を破壊する。
・ 犬が一人になるとパニックに陥り、自分の手足や尾を舐めたり咬んだりするので部分的に化膿して腐ってしまう。
 (薄い毛色の子なら手足や尾をチェックしましょう。普段水に濡れる要因も無いのに指の間や尾の毛が赤く変色していたら、飼い主がいない間に舐めている可能性大。怪我や皮膚病が原因であれば飼い主の前でも舐めているはず)


ーーーーこのいずれもぶん太には当てはまりません。

・帰宅してもスネてクレート(小屋)から出て来ない
・食事は普通に食べる
・飼い主が出掛けようとするとケージに入ってオヤツを待っている
・飼い主の留守中のトイレもバッチリ
・飼い主の留守中にイタズラしない(食糞はするかも・・・)
・留守中にパニックになったり手足を舐めることもない


普段買い物などで留守にする時は独り大人しくしている様子。ウンともスンとも言わないとか。(階下の義母の証言)。
帰宅してもクレート内に籠ってすねていることも。(全然帰宅を歓迎してくれない)
家を出る雰囲気を察知すればケージに入ってオヤツ(長く楽しめるガムやコング)をもらうのを楽しみに待っているくらい。
普段も飼い主につきまとうこともなく、甘えたくなったらやって来る、という感じ。

だもんでワタシだけがいなくなると様子が変になる、というのも偶然でしょ?とか
普段の様子から分離不安症ではないだろう、と思っていたのですが
今回はとにかく人前でクレートから出て来なかったそうです。(エサの支度をしても出て来なく、誰もいなくなってからいつの間にか食べている。散歩に誘っても唸って出て来ない。)

で、その分離不安症になる原因となるのが
子犬はもともと寂しがりやですが、生まれつき分離不安症なわけではありません。飼い主の犬への接し方など環境が大きく影響しています。分離不安症は子犬期に孤独だった犬によく見られ、その後過度にかわいがる飼い主( 愛犬に依存する飼い主 )と出会う事によって悪化します。また、社会化の不足も関係があります。平均すると生後5ヶ月くらいから先程のAの兆候が見え始めます。既に3~5歳である場合は現状からエスカレートしていく事はあまり考えられませんが、若ければ若い程悪化する可能性を含んでいると言えます。


う〜〜ん、まず犬をベタベタをかわいがった事はありません。(不可能です)
「ペットショップで孤独に育った→家に来て噛み付きまくり、それをワタシがキツく叱る→お互いノイローゼ」でしたから・・・・
「犬の社会化不足」が一番に挙げられると思いますが、結局家の中でぶん太が気を許せるのがワタシだけ、ということになるのでしょうか・・・・

あの子と仲良くなるために、それこそノイローゼと闘いながらここまで来たので、そう感じてくれているのなら
嬉しくもあり、それだけワタシを頼りにしてくれているのか、とも思いますが実のところ
普段からぶん太と仲良くする努力をしてきたのはワタシだけだし、他の家族は噛まれたら困るのであまり構わないように仕向けていたのが原因だと思います・・・・

しかしこれでは何かあった時、ペットホテル等に預けることもできません。
本当に家を空けられない。これは困ります。(汗)


それにしても、普段皆と一緒に生活しているのに、こんなに態度が変わってしまうとは・・・・
犬ってホント繊細な生き物だったんですね・・・・
まぁ、それも犬の性格にもよるでしょうが、家を空けられないのは本当に困るな。
とにかく、ぶん太のスネスネ病にも参ったものです。


ぶん太は家に来て癒されない?
   
のだろうか。
by mieru1 | 2012-01-09 21:09 | ぶん太 | Trackback | Comments(0)

今年の抱負

今年はどんなに少ない時間でも有意義なものにしたい。
時間は有限なのである。

例えばトイレタイムで読書、炊事中にラジオを聴く、一つの記事でもいいから毎日、新聞を読む、とか。
学習ものを中心に仕事をしているせいで、自分の教養の無さを思い知らされる毎日です。
思えばここ十年は自分にとって「失われた十年」でした。

仕事が忙しくインプットする時間と気力がないのもそうですが、まず手軽な情報収集手段のテレビが観れない。
何故かと言うと旦那の趣味が録画でおまけにオーディオマニアなので何台も機器があり(当然初心者向けではない)、当然配線も複雑。
今は1番の機械で録画中だからテレビを見るにはこのボタンで選択してとか、繋がらない時はこっちのチューナーを通して観るとか訳がわかりません。
地デジ化も相まって機械音痴のワタシは何をどうすれば観れるのか理解不能。
操作を覚えるほどテレビも観ないので教えてもらっても次に使う時には忘れてるし・・・・

その上仕事中は旦那の要望でラジオやテレビは観れないときた。
(言葉が聞こえると仕事に集中できないそうです)
ラジオってリアルタイムの空気感が伝わって来て引き蘢りにはありがたいんですけどね。
だもんでワタシの世間の情報源っていうか知る機会が極力少ないのです・・・(浮世離れしていく一方だな)
唯一の救いは子供を通して知る現代だったりしますが、それもそのうち期待できそうもない。
特に長男は世界情勢、歴史に詳しいのでいろいろと便利でした。(笑)

とくかく!塵も積もれば山となる、で細かい時間も無駄にしないでいきたいと思っています。
もうもう、これ以上浦島太郎は御免です。
by mieru1 | 2012-01-07 02:17 | 雑記 | Trackback | Comments(0)