カテゴリ:なつかし話( 22 )

大河ドラマ今昔

今年の平清盛が漫画みたいな展開で呆れて観なくなって
思わず昔の大河ドラマをYouTubeで検索して発見したコレ。

高橋英樹の織田信長と近藤正臣の明智光秀しか覚えてないんだけど
テーマソングが大好きでした。
今聴いてもカッコいい!
勇壮な出だしでこれから始まるドラマを盛り上げて
途中一転してまるで荒野に風が吹いているような穏やかな曲調に変わり、もの寂しさを感じさせました。
戦いがあって、その後静けさがあって。
「国盗り」という激しい叙事詩を感じさせる曲です。
背景にある渦を巻く炎もいい。
昨今のビカビカしたCGを使ったオープニングなんかよりずっと良く感じてしまうのは、ただのノスタルジーなのでしょうか。




そしてついでにこんなものまで発見。
「黄金の日々」で川谷拓三が鋸引きの刑にあうシーン。
涙なくして観られません。当時も泣いた。今ではゴールデンタイムにこんなシーンは放映されないだろうけど
イタズラに猟奇心を煽るんじゃないという事は伝わってくる感動のシーン。




それにしても先週の捕らえられた源頼朝は情けなかった。
まだ14歳の子供、ということを強調したかったのだろうけど
一族の嫡男ともあろう子がプライドもなくしくしく泣くとは何と情けない。
本当に武士の子なのか・・・
↓こういうのが頼朝や清盛なんでは・・・というかこういう貫禄、風格が今年の大河ドラマにはないんだよね。

「頼朝VS平清盛」ーーーー「義経」より


齢14で敵にも怖じけず自分の意見を述べる姿が返ってけなげで、かつ自分の立場を理解していて立派で、ただ泣くよりも人の心を引きつけると思うのですが・・・

珍しく今年は大河ドラマを観ていたのだけど、あまりのリアリティの無さについにリタイアしてしまいました。
時代劇は昔のものの方が役者共々良さそうですね。(それだけ今の役者さんには時代劇は遠い存在なんだと思う)
by mieru1 | 2012-07-22 21:26 | なつかし話 | Trackback | Comments(5)

次男に似てるって言われるんです・・・

ワタシと次男、見た目も性格も似てるって旦那と長男に言われるんです。
二人顔を並べても似てると思わないんですが、端から見てるとそう感じる事があるそうです。

幼児期で似ている感じの写真がありました。
でもこの時期の子供の表情って似てますよね。(複雑な表情はできないし、幼児特有の表情がある)

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白黒写真がワタシですが女の子です。
そういえば幼児期のワタシはよく「坊や」と間違われていたっけ。
自分でも「ぼく」と名乗っていたし。


で、この次男。
あんなに可愛かった頃が嘘のような愛想の無さ。
あの頃とはまるで別人。いつ入れ替わったのかしら。あの頃の息子を返してっ!(笑)
が、自分も同じ頃を思い出すと気持ちがわかるので、とりたてて怒る気にもなれません。
親が写真を撮るのが嫌いだったから撮る度に「うっとうしいな〜〜。」と内心思っていたもんね。
わかるんだけども、将来年を取ってからその時の写真を見て
「後々残るものなんだから、もっと普通の顔をしとけば良かった・・・・・。」と思っても後の祭り。
次男がのんびり学生生活を送る姿を見て「あの時もっと勉強しとくんだった・・・・・。」と思うのも後の祭り。

このまま姿も中身も似てしまうのか・・・というあせりから最近息子に説教してます。
今の時間を無駄にするな、後悔しないようにと、まるで若返った自分に忠告しているみたいに。
「アゲイン」なのです。(楳図かずおの漫画にあったね。読んでないけど。)

でもワタシ、こんなにノンビリしてたかしら〜〜〜〜。
持ち込み用の漫画は描いていたけど、あまり褒められたもんじゃなかったなあ。
ああ、このまま二の舞になってしまうのか。
何かに覚醒して欲しい。
by mieru1 | 2012-05-04 01:09 | なつかし話 | Trackback | Comments(2)

鳥肌の立った曲

音楽がらみで一つ。

好きなアーティスト、音楽は多々あれど初めて聴いて鳥肌が立った経験とはそうあるものじゃございません。
まず一番古いと思われる記憶は

Eric Clapton  「いとしのレイラ」
Deep Purple  ”Smoke on the Water”    

これらは小学校2年生の時にヒットしたんですが、その頃家で聴く音楽といえばテレビか母が聴くラジオ(NHK第一放送)で、自主的に音楽を聴くことなんてありませんでした。(当たり前か)
んで、初めてラジオから流れて来たこれらの曲を聴いて「なんてカッコいいんだ!」と鳥肌立ったのです。
だって家で聴く音楽といえば歌謡曲とかみんなの歌とか主に歌番組で流れるものだけでしたから。
たまにラジオから流れるビートルズやミッシェル・ポルナレフ、サイモン&ガーフアンクルとかも好きでした。
他にもサンタナの「哀愁のヨーロッパ」もかなり印象強かったです。

そして時間はずっと飛んで大学時代。

Whitesnake    ”Still of the Night”

Guns N' Roses   "Sweet Child O' Mine"

以上4曲です。
スティングもジョ−・ジャクソンも好きですが、こう、鳥肌が立つような衝撃とは違いますね。

次男坊が「最近の音楽はパンチが少ない。」などというので(どうやらメタルが好きらしい)ワタシは一番カッコいいと推薦できる
ホワイトスネイクのアルバム「サーペンス・アルバス」を渡したいのだけど見つからないのだよ。(涙)
ガンズの「アペタイト・フォー・ディストラクション」も無いのだよ。(涙)どこへ行っちゃったの?
ま、結局ワタシにとって鳥肌もんというのはハードロックのことなのね。
イヤ、よく考えたらギターのメロディがカッコいいと感じたのかも。
レイラもスモーク〜もサンタナもそうだもんね。


まぁ今ではすっかり聴かなくなっちゃいましたが、時々聴いてもやっぱりイイものはイイ!ですね。


ーーーちなみに腹がよじれるほど笑った音楽は「金太の大冒険」ね。
特に「金太マカオに着く」で死にそうになりました。
by mieru1 | 2011-11-04 14:28 | なつかし話 | Trackback | Comments(0)

ユーミンの「卒業写真」を聴くと思い出すこと

ここしばらく洋楽ばかり聴いていたので、ふとユーミンの「コバルト・アワー」を聴きたくなりました。

このアルバムの「雨のステーション」が好きなのですが、あの有名な「卒業写真」も入っています。
ワタシは同じ「卒業」がテーマなら「最後の春休み」の方が好きです。
ストーリー的にあっちの方がグッと来るというか、甘酸っぱい思い出が懐かしさを呼びます。

で、いつもこの「卒業写真」を聴いていると思い出すのが
(笑わないでね。全然脈絡ないから)

学研「科学」の付録についていたプランクトン飼育セット!!



ーーー何故プランクトン飼育セットかといいますと。

このアルバムが制作されたのが1975年。
ワタシが5年生の時になります。
多分この時の「科学」の付録がプランクトン飼育セットだと思うのですが
姉がフォークソングやニューミュージックが好きで
ラジオの「電リク」をよく聴いていて、当時この曲がよくかかっていたと思うのです。
(でも「プランクトン飼育セット」は6年生だったと思うので姉の持っていたアルバムかもしれません
とにかくこの付録が来た当時この曲が盛んにかかっていました。)
で、ワタシはその頃毎日のように、いつプランクトンがふ化するのか毎日楽しみに眺めていたんだと思います。
ですので「卒業写真」を聴くとその時の子供部屋の空気、明るさが思い出されます。

姉も「科学と学習」(二人とも途中で「科学」のみ購読になる)を取っていたので
妹のワタシは姉の持っていた「プランクトン飼育セット」を早く手にしたい、と密かに憧れていたのでした。

今でも「科学」の付録のことが懐かしく思い出されるのですが
低学年の時にあった「アリの巣セット」「色水セット」「お風呂で遊ぶ噴水セット」は本当によく遊んだ記憶があります。
「アリの巣」は指導通りにいきませんでした。
あんなにちっぽけなセットで卵まで産ませるなんて難しいのでは?と今になって思います。


デザインが斬新でカッコ良かった「アリの巣セット」
上部の円盤が外れてこのままアリの巣にセットしてアリをゲットするという罠兼用の蓋です。
(おとりには定番の白砂糖)
そのお手軽さが魅力でしたがこれで女王アリがゲットできるのかと・・・・・
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花びらや葉っぱで色水作りができるセット
(底がすり鉢状になっている。朝顔の花をゴリゴリとすり潰し水を加えてコップに出来上がった色水を見て悦に入るのでした。そういえば昔の折り紙は出来が悪かったので色が落ち、よく色水遊びをしました。途中で色の落ちない色紙しかなくなってつまらない想いをしたものでした。)
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こういった自分で遊びを作るオモチャみたいな付録がとっても好きでした。
「人骨モデル」も作るのが大変だった割にすぐに部品が落ちるのがいただけませんでしたが
自分で作る工作セットがとにかく面白かったです。

ちなみに小学館の学年誌の紙の付録も好きでした。
苦労した割にはすぐに壊れた幻灯機。(懐中電灯を支えるには紙が弱い)
お日様で焼く青写真(日光写真)。
「ガッチャマン」のヘルメットと「赤胴鈴之介」の竹刀はお気に入りでした。
竹刀は先を短剣のように押し込んでおいて勢いよく振るとシュッ!と伸びるものでした。

そんな手作りキットなどが好きな子供だったので
今子供だとしてもプラモデルは作ってもゲームは嵌らなかっただろうな、と思います。

ーーーーそれにしても現代っ子はこういった地味な遊びは見向きもしないんだろうか・・・・・

ああ、「あの日に帰りたい」。
by mieru1 | 2011-08-06 20:06 | なつかし話 | Trackback | Comments(2)

坂の上の高校 同期会

先月、高校の同期会がありました。
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実はワタシ、都立高校も合格していたんですが私立のこちらに通わせてもらうことにしたんです。
こっちを選んだ理由というのがソフトボール部があったから、というのは親にはナイショだ!!(汗)

当時はなかった学食(私立にしては施設がしょぼかった)が会場です。
同期会の出席率はかなり高く、半数近く来てたみたい。
見覚えのある顔なんだけど名前が浮かばない。
名前とあだ名を書いた名札を見るとあら不思議、たちまち当時にタイムスリップしてしまいます。
そしてお互い?全然変わっていない。中身が。
笑い方も仕草も当時のまま、だけど年だけはとっているという不思議な感覚。
あ〜〜、女だけってホント気楽でいいわ〜〜〜〜〜。女子校バンザイ!

同級生で劇的に外見が変わっている子はいなかったけれど、先生方はそうもいかないです。
さすがに頭が真っ白で(つんつるてんはいませんでした)、こちらは浦島太郎みたいでした。
今回は出席したら是非二人の先生に当時の授業がその後の自分の育児に役に立った、と伝えたいと思っていました。

大学付属校なので一般の公立高校の授業と違う授業がありました。
一つは倫理社会で教科書は使わずエンゲルスの「サルが人間になるにあたっての労働の役割」という小論文でしたが、これは人間がいかにして猿から進化していったか、という内容でした。
根底には資本論とか絡むんでしょうが、動物好きのワタシにはその論点がたいへ納得いくもので面白かったです。
「人間は二足歩行をすることによって脳に刺激が与えられ、自由になった手で物を作る(労働する)ことで更に脳が刺激され進化した。」というのが子育てでも基本になり、小さいうちから体を動かし、手を使って創造力を高めることをさせるーーーー昔の子供が自然に育ったように育てよう、と思いました。(←多分エンゲルスが訴えたかったことと違う所にえらく感心しています。)

もう一つの授業は特別講座で「母と子の絆」というもの。
生物の先生のオリジナルの授業ですが、今で言う「発達心理学」の授業でした。
もちろん先生の狙いは将来母親になる生徒達に役に立ってもらいたい、というものでしたが
これも子育て中、早期教育やテレビ、ゲームにお守りをさせることへの疑問になりました。
とにかく小さい時にやるべき遊び(集団遊びも)をやらせるのが自分の子育ての基本でした。

この二つの授業はその後自分の中でとても印象強いものになり、ソフト部目当てであったけれども、この授業が受けられて良かったと思っています。(ある意味自分にとって大学のゼミより上)

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さて、こちらは血の汗流したソフトボール部のグランドです。
重いコンダーラ(正しくは「思い込んだら」)ならぬローラーやトンボでグランド整備をしました。
そしてコチラ。
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この体育館下の通路!
この通路のおかげで雨の日もクラブが休みにならないという・・・・(´;ω;`)ウッ…
ここでキャッチボールやノックをしたんですよ。
テスト休みや長期休み、休みとつく日は全てクラブ!
休みの時間は全てクラブに費やされました。が、しかしうちの部は弱かったのです・・・・・
なんというもったいない日々を・・・・・
その時間の半分を絵や読書に費やせたら・・・・

学校は坂のてっぺんにあるので夏は当然暑いです。
よく熱中症にならなかったと思います。
おかげで40度の高熱が出てもへっちゃらでした。
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このフロアでよく休憩したっけ・・・・
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そしてこの坂!
ここから校門までダッシュとかアヒル歩きとか手押し車とかトレーニングしてたんすよ!
おかげで膝上の筋肉にえくぼができるほど下半身強化のメニューがそろっていました。
上から見るとこんなに勾配がキツい!ギョエエエ~~~~!!
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根性あるなぁ。 そして高校生ってバカ・・・・・

返す返すも部活に打ち込んだ三年間でした。
(漫画はいつ描いていたんだろうか・・・)

そして会の〆は当然校歌!  元・応援団が音頭をとります。
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♫若〜〜き我らが い〜ぃの〜〜ちの限り〜〜〜


校舎。
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皆、また五年後に会おうね!
by mieru1 | 2009-12-03 23:05 | なつかし話 | Trackback | Comments(0)

こんなに大きくなりました

今までどうしても捨てられなかった思い出の品。
それは息子達の子供時代の服。

これは兄弟で着用させてワタシが気に入っていた服。
こんなに小さかったんだよな〜〜。
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ジャケットの両脇を持って抱き上げて子供がチビこかった時の事を思い出しました。
あぁっ、可愛かったな〜〜〜〜。

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長男が小学1年生の時、約一年間通った極真空手の道着。
このままじゃ大き過ぎるので袖も裾も10センチは上げてありました。
気が優しい子なので転校していじめられないようにと通わせたけどあまり意味はなかったような・・・・
(いじめにはあいませんでした)
でも道着が高かったのでもったいなくて捨てられず。
結局リサイクル不能なので、今回これも思い切って処分します・・・・押忍。

あ〜〜あ、あの頃は子供に服を買うのが楽しみだったな〜〜。
小さいと値段も安いし色もデザインも豊富だったし。
今じゃ大きさもデザインも似たような物ばかりでどっちが誰のだっけ?というような服ばかり。
かろうじてわかるのは下着だけ。
(長男はチェック、次男は柄物のトランクス、シャツは丸首とVネック、というように決めています)

そして今日、たまたま4人で買い物に行ったので男三人、並んで撮ってみました。


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      兄   左門旦那   弟

カンペキに長男のほうがデカイです。
驚いたのは4つ年下の弟がいつの間にか皆と並んでいること!
ほとんど三人横並びです。

「お父さんは187センチあるっていうから絶対190センチあるよ。」と言うといつも
「絶対そんなにない!」と怒る息子です。
それとも早くも旦那の背が縮んだとでもいうのでしょうか・・・・。

さてさて、一体どこまで大きく育つのか・・・・・(汗)
by mieru1 | 2009-08-21 01:23 | なつかし話 | Trackback | Comments(6)

実家から持ち帰った品々

実家に置いてあった荷物。
すなわち独身時代の物である。
そして持ち帰った物は捨てられなかった宝物でもある。

古い順からお見せしましょう。

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週刊少年ジャンプで「東大一直線」を連載されていた小林よしのり先生にファンレターを書いて二度返事をいただきました。確か小学六年生だったかな・・・・自分。
ファンレターを書いたのも返事をもらったのも最初で最後です。

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高校時代、ソフトボール部に所属していた時、長嶋茂雄さんとお父さんが知り合いという同級生がおりました。
そのお父さんの粋な計らいで田園調布のお宅へ・・・・・
長嶋さんを目の前に皆で固まっていた苦い思い出・・・(汗)
当時の体験記(ホームページのコラムにリンク)

父が荷物整理して従兄弟にあげてしまったと聞いていたのでまだあったことにホッとしました。
(従兄弟にあげたのは祖父のボールでした。)
その代わり今度は長嶋さんとのツーショットの写真が行方不明です。(涙)
これは自宅にあるはずなんだけどな〜〜〜〜。orz


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サンデーの新人コミック大賞を受賞したときの記念の楯。
飾ってあったので色が褪せてしまいましたが、やはり捨てられない記念品です。
作品の一コマが印刷されています。
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そして賞金の入っていたのし袋。
当時は授賞式に現金を手渡しされました。(今は銀行振込ですのでタイムラグがあります)

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大学時代、朝日小学生新聞で連載小説の挿絵を描かせていただきました。
連載の仕事はこれが初めてだったと思います。
毎度緊張して描いていた記憶があります。
イラスト用に買ったロットリングで描きました。(そういうのを使いたがる年頃なのさっ)

そしてこちらは初めて福武書店(現ベネッセ)でやった仕事だと思います。
これも在学中にやった仕事で、当時福武書店は編集部が九段下にあって大学と近かったので、うちの漫研部員が同人誌を持って営業に行ってきた成果だと思います。
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1センチ以上は厚さのあるDMです。中身は読み切り漫画が何本も載っていて、旦那の知り合いの漫画家さんも描いています。
これの評判が良かったらしく、その後「チャレンジ4年生」で読者ページなどのお仕事をもらうようになり
出産前までお世話になりました。

そしてこれらの品々はまた箱の中に閉じ込められて封印されるのであった。
ていうか、これを仕舞うスペースを確保しないとその他の段ボール(旦那の漫画本類)の山の一角になってしまう。
ああ、なんでこんなに物が多い家なんだ!
シンプルライフを目指すため時間ができたら処分しようっと!
(思い出も最小限に)
by mieru1 | 2009-05-21 22:57 | なつかし話 | Trackback | Comments(2)

SLADEのファンなのですが・・・・

ワタシと同世代でこんなにスレイドを聞いている人は日本に何人いるのだろうか?
1966年にデビューしてイギリスでは有名なバンドらしい。
「らしい」というのはワタシ、彼らの情報をほとんど知らないから。
ファンの世代は50代以上と思われますが、1983年にクワイエットライオットがカバーしたこの曲で初めてスレイドを知りました。

Slade - Cum on feel the noize (1973年)




wikiによると
「英国内では1960年代のビートルズと並び称させるほどのチャート人気を得た。圧倒的な人気に乗りアメリカ進出も目論むが、芳しい成果は得られないまま終わる。英国でも1974年頃からチャートアクションが鈍り始め、1977年にはポリドールとの契約も切られてしまう。スレイドのサウンドと相通ずる面があるパンク・ロック全盛の時代においては、しばらく低迷を味わうことになる。」

この「アメリカ進出も目論むが、芳しい成果は得られないまま終わる。」というのは
ボーカルのノディ・ホルダーとリードギターの二人があまりに面白い顔をしているから・・・・・だと思われます・・・・・・
だって二人の顔のインパクトが強すぎて他のメンバーの存在が霞んじゃうんだもん。
しかもリードギターの人は目立とう根性なのか嫌がらせ受け狙いなのか知らないけど変な衣装を着るのがお約束になっているみたいで。

そしてワタシが初めてテレビでスレイドを見たのがこのヒット曲。
先のカバーバージョンがヒットしたのと同じ年です。
実に10年ぶりに返り咲きました。

Slade- Run Runaway


この曲が入っているアルバム「神風シンドローム」は、初めて聞いた時、小林まことの漫画を読み終えた時と同じ気持ちになりました。
とにかく気持ちが明るく弾むんです。こんな元気の出てくるアルバムは初めてでした。
ポップでキャッチーなメロディ、ノディのダミ声の存在感。
すっかり気に入ってしまいました。

ワタシが気に入った!と言ったせいか、旦那が古本探しのついでに古いアルバム(CD)をいろいろ買い求めてくれました。
ちょうど「神風シンドローム」は最後のレコード版でCDは国内版でほとんど出回らなかったと思うのですが、よくぞ12枚も見つけてきたもんだと思います。
(よって歌詞カードは英語なので内容は未だ知らず)

そしてワタシがスレイドで一番好きなのがこの曲。
彼らにしては賑々しくなくて静かないい曲です。
How Does It Feel

この他にもFar Far Away,Gudbuy T'Janeなど名曲が沢山あるんだけどマイナーなのよね・・・

そしてスレイドを知らない人もクリスマスになると聞いたことがあるかもしれないのがこの曲。
merry christmas everybody


ギタリストがクラウザーさんのような服装をしています。
KISSの衣装はここからのパクリでしょうか?(ジーン・シモンズが受けた影響って衣装なのか、曲作りなのか?)

長年音楽をやっていると普通は変化していくものなのに、SLADEというバンドは変わらないところがまた凄い。
ずっと明るくポピュラーな曲作りをしていて、やっぱりこれはノディ・ホルダーの性格から来るんだろうな・・・と想像しています。(どんな人か知らないけど)

気持ちがのらない時、落ち込みがちな時、元気をくれる音楽です。
by mieru1 | 2008-12-03 22:10 | なつかし話 | Trackback | Comments(2)

洋楽懐メロ

♩お〜〜〜、りお〜〜、りお だんすぁくろす りおぐらん〜 

いやぁ、先日500円で買ったデュランデュランのCDが懐かしくって
頭の中が♫お〜〜 りお りお♫
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あの頃の軽薄な学生時代(80年代)を思い出します。
そして芋づる式にウオークマン、オートリバース、ドルビー、音質のいいメタルテープ、A面B面・・・などと今となってはどうでもいいことが思い出されます。

ああ、このシンセサイザーの響き、流行ってましたねぇ。
カジャグーグー、カルチャークラブ、デッドオァアライブ・・・・ダンスビートっていうんだっけ?
ワタシはこのRIOがヒットチャートを賑わしていた頃からベストヒットUSAを見始めたんだけど、元々歌謡曲が嫌いだったので、真面目に聞き始めた洋楽に夢中になったなぁ。

おかげで未だにこの頃のCDが現役だよ・・・・
でもデュランデュランなんかのアイドル系はレコードからCDへの移行期だったのでCDは持っていなかった。(お気に入りはレコードを買い、その他はレンタルレコード友&愛)
思えばワタシ達の世代って一番音楽にお金を使っていたんじゃないのか?
サザンもポリスもU2もレコードからCDで買い直したぞ。聞けないから。(涙)

そういえば、最近はめっきりハードロック系を聞かなくなりました。
ホワイトスネイクの最新アルバムもピンと来なかったよ。
デヴィッド・カヴァーディルが普通のボーカルになっていてショックでした。
あんなに威風堂々とした帝王のようなカッコ良い歌声だったのに・・・・しくしく。
デイヴ・リー・ロスの声は健在なのだろうか・・・?
老体に鞭打って来日するジューダスは最後まで持つんかいね?
まっ、STINGぐらい鍛えていないといけませんね。

最近はシャーデーとかちょっと黒っぽいのが好き。
女性ボーカルをよく聞くようになりました。
ヒップホップ系、ラップは好きになれないなぁ。メロディーがないとダメ。
あんだけよく聞いたサザンももう聞かないね。国内ではユーミンばっかりだよ。
ユーミンは歌詞が短編小説みたいなところがいいね。
「最後の春休み」「気ままな朝帰り」なんかは最高です。あの数分内にドラマがある。
そういう部分に漫画のイメージやらを触発されます。

とにかく音楽情報の番組などを一切聞かないので新しいミュージシャンを開拓できず、いつまでも80年代で好きになった人達を追いかけてる感じです。
デュランデュランはこれ以上追いかけないと思うけど・・・・

秋にかけてはダイアーストレイツの「ブラザー イン アームズ」とかエリック・クラプトン、ジョン・サイクス「ラブランド」(←今ではちょっとくどいかも・・)が定番なのだ。
by mieru1 | 2008-08-19 22:22 | なつかし話 | Trackback | Comments(0)

神楽坂

昨日はいつもお世話になっている「ちゃぐりん」編集部さんへ挨拶に行って来ました。
場所は学生時代に通った飯田橋。
今じゃすっかり変わりはて、地下鉄出口から地上に出ると、一瞬どこにいるのかわからなくなります。

編集部の方達の御好意でランチ(イタリアン)を御馳走になってきました。
普段こういったオシャレなお店に行かないので、とっても嬉しかったです〜〜〜〜。(涙)
我が家で外食といえば「ラーメン屋」「爆弾ハンバーグ」「がってん寿司」ですから・・・・・_| ̄|○
美味しかったです。どうも御馳走様でした!

夜は中学PTAの集まりがあるので、長居もできなかったんですが
帰りがてら、よく通った神楽坂を通ってみました。

このブログに来ている人はほとんど知り合いじゃないかと思うのですが
その知り合いも神楽坂周辺に関わった人が多いので皆さんに報告がてら
新しいデジカメで撮った画像をアップしてみます。

まずは坂の下から見た所。
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坂の中腹から見下ろした所。
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そして祖母がその昔買い物をした瀬戸物屋さんがまだありました。
(祖父はパチンコ「マリ−」の常連さん)
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ここで瀬戸物でできた枕や味噌汁のお椀(瀬戸物)を買ったと聞きました。
瀬戸物でできた枕は小さい頃頭を乗せてみましたが、痛いばかりでどこがいいのか
わかりませんでしたが、冷たくて気持ちいいそうです。

そして一番の目的だった喫茶店「巴有吾有(パウワウ)」。
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2006年末に理科大の用地買収のために閉店になってしまいましたが
これを見た瞬間、「閉店」というより「閉門」と感じてしまった私は時代小説の読み過ぎですね・・・

編集者のTさんに学生時代毎日のようにここに通っていました、と言ったら
「あのお店は学生さんが行くような所じゃないでしょう。」と言われ
やっぱりそういうお店だったのね・・・と思いました。

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by mieru1 | 2008-02-06 00:51 | なつかし話 | Trackback | Comments(4)