カテゴリ:漫画を描くこと( 113 )

Photoshopで漫画制作

何気なく見た田亀源五郎先生の「Photoshopによるマンガ原稿の仕上げ動画」

同じソフトを使っているのに何の作業をしているのかサッパリわからん・・・・(汗)。
だいたい未だにクイックマスクって使ったことない。
しかもこれ一枚仕上げるのにたったの15分・・・・・・・・(愕然)。
そしてこのクオリティ・・・・・・・・・・orz.
そして同い年・・・・・。
涙が出てくらぁ!!

デジタル作業に精通している人には、きっと再短時間で効果的に作業するとこうなる、という例なのでしょう。
理系人間でないので全然勉強する気がないし、きっとここまでの境地(ええ、境地ですよ。ワタシには。)にまで
達することはないでしょう・・・・

それにしても、この漫画の二人、ヒゲ面じゃない方が好みです。うふふ。
by mieru1 | 2012-03-12 01:11 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(0)

左手で描いてみた

何の気無しに利き手でない左手で描いてみたんですが

b0013305_15511343.jpg

b0013305_20143333.jpg




鉛筆の持ち方からしてぎこちなく、上手く線を引けないんですが
意外に上手く描けてびっくり。

でもって右手で描くとそっちの方が下手に見えるという逆転が・・・・!(汗)

どうも右手で描くと早く描けるので、頭の中でキチンとイメージを描きながら描くのではなく
より強く普段の癖が出てしまうような気がします。
つまり早く描くためにイメージ化が疎かになっているのです。(自分の場合)

左手の場合はイメージを描きながらじっくり線を引きながら上手く線を描こうと絵に集中するので
イメージも普段よりも時間をかけて具体的に浮かべていくので
出来上がりが自分が想像していた形に近くなるような気がします・・・・
多分そういうことが自分で「上手く描けた」と感じるところなんでしょうね。

それにしても左手で描くということで新たな発見があって面白かったです。

普段しないことは新たな発見に結びつく。
悪い習慣を見直すためにも
そんな当たり前のことに挑戦しなくてはいけませんね。
by mieru1 | 2012-02-13 16:01 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

漫画が読まれない

先月旦那がTwitterで「漫画が読めない子供が増えている」と呟いたことがJ-CASTニュースに取り上げられていたんですが、
読めない子供が増えていると言うよりも「漫画を読まない子供が増えている」んですよね。

家の二人の息子(当時大学生&高校生)に聞いても漫画を読んでいる子は少数派で
ほとんどはネットの動画サイト、ゲームで遊んでいるとか。
それこそ漫画の読み方を知らない子もいたそうです。
生まれた時からパソコンがある時代ですから当たり前ですよね。
それから漫画よりもアニメ派の方が多いとも。

これも世の流れで漫画もそのうち紙芝居とか、絵物語のように廃れていく運命なのかな・・と。
漫画がそれらを駆逐してきたように・・・
漫画も淘汰の時代に入ったのかもしれません。(ああ、嫌だ)

もちろん漫画が全く無くなることはないでしょうが、漫画に代わる楽しい娯楽ができたらそちらにお客が流れていくのは当たり前のことで。
動かない絵で「読む」労力のいる漫画よりも、もっと楽に楽しめるアニメ(動く上に音付き)、動画の方がわかりやすくていいのかも。動かない漫画よりも刺激的だし。
漫画も小説と比べて想像力を奪うと叩かれていましたが、更にそれを上回るのが動画の世界。
しかも動画サイトは無料で楽しめるものが沢山あるし暇つぶしにはもってこい。
漫画も電子書籍で無料で読めるサイトもあるけれど、(絶版漫画)それで食えるほど利益があるとは思えない。
だいたい絶版漫画を読みたがる読者はかなりの漫画ファンだろう。
たいていは古い漫画は見向きもされません。

あと5年もしたら方向性が見えてハッキリするんでしょうけど、ホントどうなることやら・・・
とにかく自分は今ある仕事を大事にやっていく、というくらいしか言えないですけど
「漫画」にしかできない表現、手段がやっぱり自分は好きですね。
そしてそういう古典的な漫画本来の面白さ(アニメや動画には無い部分)を大事にしていきたいです。
by mieru1 | 2012-02-06 01:17 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

絵が枯れる

漫画家も年を取ると絵が枯れてくる人が多いですが、自分も老眼になり体力の衰えを感じるにつけ
枯れて来る原因は体力(視力と気力)と深く関係しているんだな、としみじみ思うようになりました。
前はそれこそ熟練して到達するのが「絵が枯れること」だと思っていたんですが。

絵が枯れる(衰え)のをまず先に感じるのはペンタッチでしょうか。
線と線の間があく。震える。全体的に白っぽくなっていく。雑になる。
若い頃と比べて線に熱がこもってない。元気が無くなった、とか。
(まぁ絵が洗練されてくると荒っぽさが消えて大人しく感じる部分もありますが)
ペンタッチは微妙な力の入れ具合で変わってくるので当然といえば当然です。
もちろん変わらないで同じクオリティーを保っている漫画家さんもいますが多分本人は「以前の自分と違う!」、と感じていると思います。(こういうささいな違いは本人にしかわからないので。)

メガネの上に拡大鏡をかけてペン入れをすると細かい所が見えるせいか
今まで自分が気に入らなかった描線って実はよく見えていなかったのかも、と気づきました。

自分では細い線で描いたつもりなのに、何故印刷されると細く描いた所まで太くなってメリハリがないんだろう、と不思議に思っていたんですが拡大鏡をかけて見ると感動するくらい細い線が描けるんですよ。
今までメガネ(近視用)で見ていた線だと、本当の太さが見えていなかったのでは?と思ったのです。

そういうことから、「目の衰え」が真っ先に線に反映するのでは?と思ったのです。

それに拡大鏡をかける前は細かい箇所を描く際、メガネを外して原稿用紙に顔を近づけて描いていたんですが
これも紙に近づくことで絵を全体的に見れなくて余計バランスの悪いものになっていた気がします。
それこそ自分では太く描いたつもりでいたのに逆に思っているより細かったり・・・
それと小さい絵を描く事が多いので、わずかなデッサンの狂いが「雑」に感じる原因になるのです。(ゆがみに気づきにくい、細かい所まで描きたくない)

それと短い期間で一人で漫画を仕上げる場合、物理的にじっくり絵を描けないのと
年齢と共に気力が低下してくるので絵に粘りが無くなってくるんです。
以前板垣恵介先生が「ペンに熱がのる」と言っていたと思いますが、とてもよくワカル言葉です。
この熱の部分が気力と共に少なくなっちゃう。
ですので「最近この先生、絵が変わってきちゃったな。衰えたなぁ。」「大きな絵が多くなった。」なんて感じると、これはきっと目のせいだ、と思うようになりました。

目の他にも毎回毎回楽しく充実した漫画を描かないと、これもテキメンに絵に現れてきそうです。(テンションが低いと絵にも現れるので。)

ワタシの場合、テンションが下がる理由の一つには「生き生きとしたキャラクターが描けていない」ということにも気づきました。
やっぱり自分が描いていて楽しいキャラクターだと自然とテンションも上がり、その気持ちが絵に伝わっていくんですよね。
その点、教材のイメージキャラや伝記漫画は自分が感情移入できるか否かに大きく左右されるので苦労します。
自分でイマイチ、と感じるのは大抵そういう時です。

ホント漫画は絵と脚本、キャラクターと切り離して作れないところが難しい。
この三つが上手く噛み合うと自分でも描いていて楽しいです。


年を取ってもいい絵、安定したを描くためにも「心身を健康に、充実させなくては」と思います。
若い頃と同じくらいのパフォーマンスを続けるには必要なんだと体力の衰えと共に思います。
このバランスが崩れると年寄りには取り返すのが難しいんだと思うのです。
お酒の飲み過ぎも年を取ると線が荒れる原因になりそうなので最近は控えるようにしています。
(それほど呑みたくなくなった)
アルコールは脳にダメージを与えますからね。
そういう意味で表現者もスポーツ選手と同じような健康管理をしないと、と思います。

と言いつつ、いつまで経っても自分の満足する絵が描けないところにジレンマを感じます。
(常に自分の絵が下手な原因を考えているので)
技術、体力もなんだけど、多分に絵に対する考え方も関係してると思うんですよねーーーーー。
by mieru1 | 2012-01-23 22:45 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

二人の漫画家さん

あれっ?期限が過ぎてるのにホームページがいつまでも消えない。
まぁいいか。

ホームページが消えるにあたって、自分のサイトを読み直してみた。
自己紹介のページで好きな漫画家が書いてあるが、今もそれは変わっていない。




b0013305_1103773.jpg




ここにはないけれど、「てづかマガジン れお」に掲載されていた漫画も好きだ。
漫画家になった割にはさほど作品数は読んでいなくて、一人の作家の一作品だけがやたら好きだったりする。
(あまり作家を追いかけないタイプ)
そしてその「好きな漫画家、作家、作品」は強く自分の漫画に影響を受けている。

先日二つの漫画を買った。


b0013305_1151764.jpg

ながやす巧  「壬生義士伝 2」と

b0013305_1152418.jpg

関谷ひさし「侍っ子」


関谷ひさし先生は「てづかマガジン れお」に載っていた「おはようケン」しか知らないのですが(この作品が雑誌の中で一番好きでした)、この「侍っ子」は関谷先生が晩年(70歳代)、どこに発表することもなく約十年かけて描いたもの。
でも作品は漫画を描く喜びに溢れていて先生が楽しみながら描いたことが伝わって来ます。
1998年頃、偶然小田原の報徳会館で、新年の絵馬展で先生の絵馬を拝見したことがあります。
当時「えっ?まだ漫画を描いていたんだ。」と驚くと同時に、絵馬に描かれた絵が全然衰えていず、じっくり時間をかけて描かれていて、「ああ、関谷先生は本当に漫画を描くのが好きなんだなぁ。」と思ったものです。
その絵馬展はチャリティオークションだったのですが、当時超貧乏だったので、おそるおそる「五千円」と書いて入札しましたが見事落札できませんでした。(笑)
作品は(多分)ケンが宇宙服を来て遊泳しているものでした。(とてもいい表情でかわいらしかった)

そしてこの「侍っ子」の巻末に載っている「関谷ひさしアートギャラリー」では、「おはようケン」のケン、おじいちゃん、犬のクツが2つのイラストに登場していて、先生のお気に入りキャラクターだったんだ、と嬉しくなりました。
そしておじいちゃんが被っている毛糸の帽子と同じものを先生も愛用していたみたいで微笑ましく思いました。
(巻頭に先生のお写真が掲載されています)



そしてながやす巧先生。
先生も今年で62歳になられますが、未だその筆は衰えることなく成長し続けているように見えます。
とにかく絵に対する真摯な姿勢が伝わって来て思わず背筋を伸ばして読んでしまいます。
「愛と誠」の時から抜群の上手さ&カッコ良さでしたが、その時から変わらず漫画に対して真摯に取り組んでいるところに自分も見習わなくては・・・と頭が下がる想いです。(というか恥ずかしいです)
先生の絵の魅力はその上手さももちろんですが、見せ方も抜群にいいし、何よりキャラクターの表情が豊かでいいです。
普通こういう劇画調のリアルな絵だと表情が硬くなりがちなんですが、ながやす先生の場合、漫画チックなんですよね。
悪役もどことなく親しみが持てる表情なのが先生のお人柄の良さを感じさせます。
当時は怖かった砂土谷峻など、今読むと可愛らしく感じます。(笑)

で、この「壬生義士伝」も二巻になってグッと面白くなりました。
それは一巻だとイマイチ主人公のキャラクターが掴めなかったところが、やっとわかり共感できるようになったからだと思います。
そして剣術のシーンは格好よく決まっています!
本当に剣の達人が達人らしく感じられるリアルさ。しびれます。
読者が見たいと思うシーンをちゃんと描いてくれる安心感。(迫力を出し、かつ手抜きをするにはコマを分けて手元だけ描いたり、顔や切られている部分をアップにして描くのが簡単だけど、それだと漫画として切り合いをしていることがダイレクトに伝わって来ないのです。ながやす先生は全身を描きます。もちろん描くのは難しいです。)


ーーーとにかくお二人とも歳は重ねても手抜きにならずに向上心を持ち続け、漫画に対する熱意と愛情を感じられるところに敬服いたします。
そしてそういう漫画家さんを好きだと感じた幼い頃の自分の見る目は間違っていなかった!と嬉しくなったのでした。


ああ、それなのに、一向に満足できる絵が描けないワタシとは一体なんなんだろう・・・・とガッカリするのでありました。はぁ・・・・・・・・・
by mieru1 | 2011-08-20 02:06 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(4)

スランプ?

来月頭に飛び込みの仕事が二つ入ったんですが、ちょっと不安。
それよりももっと不安になりつつあるのが毎月連載している伝記漫画のネーム。
かれこれ74回もやっているというのに・・・なんでこう自信が無くなっていくんでしょう?
一人の人生を12ページに圧縮する作業にかなりのプレッシャーを感じるようになってきました。
おかげで最近の悠長に時間が流れる漫画を読んでいるとイライラしてしまいます。(笑)
何でドアを開けるシーンに2ページも費やすのかと。信じられないページの使い方。2ページ「も」あったら何年分使えるのかと。

不安を解消するために池上彰さんの「わかりやすく伝えるシリーズ」を読んでみたり、サミュエル・スマイルズの「自助論」を読んでみたり箱根神社にお参りに行ったり・・・・
NHKの「あさイチ」を観ていたら元気が出ないのは更年期のせいかと思っていたら、それは鉄分不足だった、というのを聞いてサプリメントを飲んでみたり・・・
うん、もしかすると鉄不足のせいかも〜〜〜〜〜。鉄、鉄。 鉄道の旅に出るか。(違う)

ホント、初めての仕事の時もそうですが、ヤル気満々の時はどうってことないんですが、こう自信の無い時って
スキーでボーゲンしかできないのに、いきなり山の天辺まで行ってギャップだらけの斜面を呆然と見下ろしている気になるんです。(大学時代の経験がフラッシュバック)
自分の技量じゃ手に負えない絶望感というか。でも絶対自力で滑り下りなくてはいけない。
しかも制御が利かないのでこの急斜面を一度滑落したらが最後、死の恐怖。
バンジージャンプと同じ度胸試し・・・
あの時の自分はコブの陰でひな鳥のように長い時間ウズクマッテいたっけ。
そして後から来た上級者達がアッ!という間に滑り下りて行くのを眺めているだけという・・・・
そして「思いっきり邪魔になってる!」という恥ずかしさ情けなさ申し訳なさ。
まっ、それでも少しずつ滑り降りていけば必ず麓に着く訳で。(一体あの時は何時間かかったんだろう)
漫画の仕事も結局そうなんですよね。気がついたら「いつの間にか終わってた。」
つまり滑り出したらもう「不安」なんて考えないで後は目的地に着くことだけを考えてる。

最近はブログを書く気力も無くしていたんですが、何とか足掻いていたおかげで?また少し元気になってきた気がします。何もしないよりも、考えてみたり足掻いてみたほうがいいですね。
このまま上昇気流に乗れればいいんだけどな〜〜〜〜。
by mieru1 | 2011-05-20 22:41 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(0)

人骨模型っていいね!

最近はもう一つのブログばかり更新していてこちらが放置状態になっていました・・・
別にしたことで毒が吐きやすくなったもので。(笑)
漫画家ブログはどうなった?(汗)


そういえばデッサンを独学でやっていて、ミクロマンという上質なモデル人形を得てからというもの、早数年。
美術書で解剖図や骨格の図を見るも、やっぱり実際に立体で確認したい気持ちがありました。
かといって人骨模型なんて高くて手が出せないし、置き場もないし・・・と思っていたらちょうどリーズナブルで程よい大きさの物を発見。
早速ネット注文して届きました。(先月の事)
b0013305_23562930.jpg

b0013305_23564096.jpg


子供用の教材らしく、
高さは約18センチ。
気になるお値段は2100円!財布に優しい模型です。


嬉しいのですが、値段相応?でものすごく華奢。丁寧に扱わないとすぐに壊れること間違い無し!
ガサツな人は買ってはいけません。
関節は曲がるけれどポーズはとれず。
でもって精密さはどうなのか?と思うとワタシの骨ホネマンは画像と違って肋骨と骨盤の間が狭い!
かといって分離させたら絶対に壊れる!という代物。

デッサンモデルとしてはどうなんでしょう?という出来ではありますが
その辺は矯正しながらデッサンを始めるとこれがもう楽しくって!
特に今までよくわからなかった骨盤、鎖骨と肩甲骨と肩の関係は、美術解剖図を見てもある一定の角度しか描いてないので、その他の角度では頭の中で上手く立体化できないのが一目瞭然(当たり前)、今までよくわからなかった所が見れたということに長年の胸のつかえが下りるというか、発見の喜びを感じました。

様々な角度から「確認」して「納得」できるのが嬉しい。
今まで平面でしか確認できなかったことが、こんなに簡単に確認できて、より鮮明に納得できるのが嬉しいんです。

そして骨格を描いてから肉付けをする作業がこれまた面白い!
人体のデッサンをするなら骨格から始めるべきだよ!と勝手に思いました。

でも画材店って石膏像やデッサン人形は置いてあるけど骨格の模型って無いですよね。
ーーということは美術の勉強で使う事は無いということか・・・・orz


でも骨格を把握した前と後では自分の中でも絵を描くことに変化がありました。

1、前よりも人体を立体的に頭の中でイメージできるようになった。
今まで身体の表面からイメージしていた物が骨に結び着いてイメージ化がしやすくなった。

2、どうしても理屈で描いていた部分が立体で確認できることで全体のバランスが取りやすくなった。
→理屈でイメージするとどうしても木を見て森を見ず、の絵になってしまい全体のバランスが狂うのです。
シルエットで描くのとまた違う。先に骨組みをイメージできることで頭の中で迷わずに済みます。

今までは粘度で人間を作っていたけど(力の入れ方次第で変形してしまう。つまり骨無し人間だった。)
それが骨という芯を入れて粘度で造形している感じに近いです。


やっぱり絵の勉強は実物を見てするのが一番早い、と思いました。
(自分の絵の駄目さに気がついて修正し始めたのが2004年。もうこんなに月日が経っていたのかと・・・
でも最近は絵を立体で捉えられるようになりました。少しずつ自分が目指す絵に近づいている手応えはあります。が、思うように描けず進歩の無さを感じることもしばしばです。特に背景。)


とにかく言いたいことは、人体デッサンの練習に骨格模型も役に立つよ!と伝えたかっただけでした・・・・
by mieru1 | 2011-03-06 00:28 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

こんな日を待っていた

連日仕事で忙しいと嘆きつつ、やっと自分が願っていた日が来たんだなぁ、とひしひしと思う。

子供の時からずっと漫画家になりたい、一日中漫画を描いていたい、と思いつつ、親から早く離れたいがためにさっさと結婚したら
すぐに子が授かり、当時は仕事と育児の両立なんか考えられなかったので泣く泣く福武の仕事を手放した。
以後、漫画を描く時間もなく、埼玉に引っ越してからは地元との関わりに忙しく、益々漫画どころではなくなった。
その間漫画界は大きく変わり、もう古き時代の自分には居場所が無いと諦め、嫌いにもなった。
でも何とか漫画家として仕事を得たい、と叶えるために年齢もかえりみず投稿したりもした。

当時学習関係でもらっていた仕事は全然少なかったけれど、自分にできる限り精一杯頑張った。
数万円代から二桁に上がるまでが本当に長かった。
でも、ずっとそこで継続してもらう中で新しく繋がる仕事もあり、今に至る。

若い頃は早くに子供を産んだため、OLライフをエンジョイしている友達が羨ましくもあったが
子供も成長した今、やっと自分の時間が取れるようになり、仕事をエンジョイできるようになった。
ものすご〜〜く遠回りしたけど、これで良かったと思ってる。
だってその間自分なりに成長できたと思うし、作品作りにも活かされてると思うから。
(子供向け漫画なので子育てを経験していて本当に良かった)
今までの時間を無駄にするかしないかは本人次第。
もしあのまま福武で仕事を続けていたら今の自分はあったのか?とも思う。

毎日仕事でヒイヒイ言ってるけど毎度精一杯やっているので、いつ漫画家を廃業してもいいくらいの気持ちだ。
しかも子供も二人とも無事成長してるし我ながら欲張りだと思ってる。
「我が生涯に一片の悔い無し!」


ーーと思うのだが、髷の付いてる朝青龍とツーショットと握手が出来なかったことが悔やまれる・・・・ちくしょう。
by mieru1 | 2010-10-30 14:04 | 漫画を描くこと

うおおお〜〜!来たっ!来たぞ〜〜〜!!

ずっと気分が停滞してやる気が出なかったここ一週間。
原因はあまり得意でない歴史の漫画にマンネリ、限界を感じていたのです。
世界中の偉人を扱うので日本史だけでなく世界史も勉強しなくてはいけません。
無知なのでその範囲は無限です。

そして学習漫画家なので、そういう仕事がメインになります。
「元々歴史は得意ではないのに、こんな自分に描く資格はあるのだろうか・・?」と自問自答。
特に興味のある人物ばかり描く訳ではないので、オリジナルキャラを駆使して描ける漫画家さんが羨ましく思える。
オリジナルキャラなら自己投影して描く楽しみもあるのですが、実在の人物には(扱う人物によるが)枷がある。
そして下がりまくるモチベーション。

が、しかし。
知らない事を勉強して発見があるというのは面白いことです。
つまらないな、と思う仕事の中でも少しずつ我慢して歩み寄ることで面白さを掴んでいくのです。
面白さを掴めばそれが漫画を描くモチベーションに繋がっていきます。

歴史は苦手ですが、人物を調べ、どんな人だったのか想像することは大好きです。
一人の人物を切り口にしてその時代を知り、その人がその時代、何を思い、考え、生きていたのか。
年表を追うだけの歴史はつまらないけれど、一人の人物を掘り下げてそこにどんなドラマがあったのかを考察するのは面白い。
ワタシは人間ドラマが描きたいのです。

そして苦手だからこそ、自分が知って面白いと思う事を、自分と同じように知らない人へ「この人のここが凄いよ!偉いよ!面白いよ!かっこいいよ!」ということが伝えられるんだと思う。
自分が感じた面白さや感動を読者にダイレクトに伝えたい。
それが自分の漫画の仕事の意味だと思うから。

今回は加藤清正を描かなくてはいけないのですが(「ちゃぐりん」の仕事ではない)
ついに何かを掴みました!
子供向けのパンフレット内の伝記漫画ですが、子供達に勇ましくて忠誠心の強い清正を
「かっこいい武将だな!」と感じてもらえたら!と燃えています。(←これが今回のメインテーマ)
そうだよ、ワタシはこういう勇ましい男が描きたかったんじゃないの!!そんな人物が描ける絶好のチャンスじゃないか!(たった8ページだけど・・・)と久しぶりにネームを描いていて体が熱いです。

前向きに考えると短ページでも様々なタイプの人間の一生を描けるというのは普通の漫画連載ではできないので
そういう意味ではものすごく欲張りな仕事だと思っています。
シャネルを描いたり牧野富太郎を描いたりと、個性豊かな面白い人間を知り、描けました。

そして清正の勇ましさを引き立てるためにも馬や武具もキチンと描ければグッと漫画も盛り上がるのに・・・
何でも描ける画力が欲しい!とこういう時、切実に思います。
あ〜〜、描けたらいいのに。悔しいです。(涙)

あっ、でも8ページなので大ゴマ使ったり派手なシーンは描けず、小さなコマに人間を詰め込まなくてはいけないので、絵も小さくなるし思ったような大活躍は描けないんですが・・・・(涙)





そしてもう一つのキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

横綱朝青龍の引退相撲のチケット販売の告知が来ました。
一体イス席でいくらするのか恐怖ですがゲットするつもりです。

そしていつか朝青龍の伝記漫画が描けるといいな〜〜、なんて思ってます。(笑)
だってこの上なくドラマチックな人間なんですもの。
こんなオイシイ題材ありません!
ワタシなら!ワタシなら朝青龍のカッコ良さ、苦悩、喜怒哀楽をたっくさん描ける!ーーーと思いつつ、
上記>>「何でも描ける画力が欲しい!とこういう時、切実に思います。」に戻リマス・・・・orz
by mieru1 | 2010-07-09 19:44 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(2)

絵は大事

今月の仕事を終えたのですが、今月は不規則な生活がダイレクトに体調に来ました。

いつもなら締め切り前、朝食抜きで仕事をしても夜更かししても緊張感があるせいか何でもなかったのですが、今月は頭がフラフラしたり胃に不快感があったり貧血みたいに血の気がひいて体温が低い感じがしたり・・・
何とかデータを送った後もなかなか目の疲れが取れませんでした・・・。年だなぁ・・・(´Д⊂グスン

ところで今月入れた「井澤弥惣兵衛」は我ながら久しぶりに良い出来なのではないか?と満足していたのですが先月入れた最新号が送られてきて自分がイメージしていた出来上がりと全然違って極度に凹んでおります・・・
何で毎度こうなのか・・・
本当に印刷物になった自分の作品が直視できません。

新しいMacにしてパワートーンが不具合だらけなので、この回はグレーを網トーン代わりに多様したのがまずよくなかった。画面が暗く平面的になりすぎました。コミスタ導入を真面目に考えた方がいいのかも・・・
そして何よりも表情が良くない。どうしてこうなっちゃうんだろう。
自分の頭の中でイメージしている絵が全然描けてないもどかしさ。
そして描いている最中に何故気がつかないのか・・・

そこで自分の絵の成長の無さの原因を考えてみる。

小さい頃からわりと最近まで何も考えずに自分の好き勝手に描いていた。
一番絵を描いていた時期が小学生時代までで(中学以上はクラブがあるため)、とにかくずっと我流で描いていた。
模写も写生もほとんどしなかった。
もちろんデッサンの勉強もしなかった。
好きな物を好きなように描いてきただけ。
子供向けキャラの仕事は長い間してきたけれど、それ以上の難しい絵に挑戦してこなかったのも成長の機会を無くしていたと思う。
そして何よりも結婚後すぐ子育てに入り「絵をほとんど描かない」時期が長くあり、
今は仕事で以前に比べたらずっと絵を描く時間はあるけれど、やっぱり仕事以外で絵を描く時間がほとんどない。
仕事以外は家事、息抜きにネットという感じ。外出もほとんど出来ないくらい時間が足りない。
落書きなんてし始めるとそれこそ時間がいくらあっても足りないので他の事ができなくなるから絵に当てる時間がない。


つまり練習時間がなくていつも本番なのだ。これじゃ上手くなる訳がない。
しかも伝記漫画は登場人物含め初めて描く題材ばかり。手に馴染む間もない。

これからはネットの時間を絵を描く時間に充て、家事は更に手抜きの方向でいくしかない。
う〜〜ん、どんどん情報から取り残されそうだ。
まぁ、二兎追う者は一兎得ずですから仕方ない。

ワタシは今まで何度も「漫画は絵とネームが大事」と書いてきたけれど、絵はお店で例えたら
店構えや店のイメージに関わる大事な部分。
「ここ面白そう。入ってみるか。」とお客さんが興味を持ってもらうために外観に気を配るのと同じだ。
人に例えればずばり「顔」に当たる部分。
自分は人の外見にこだわりはないけれど、こればっかりはイケメン目指していかないと自分の漫画家生命に差し障りが出てきてしまう。


人間の脳の約八割が視覚に関する情報を処理しているという。
それだけ人間が目から得る情報は重要なのだ。
もっと読者の目を喜ばす絵を描かなくては、と最近ひしひしと思う。
それまでの自分は「とにかく中身重視」だったから。

自分としてはずっとこの絵に関して引け目を感じてきたのでその分、ネーム力で足りない分を補っていこうと思ってきた訳だけども、人は読まなければわからないネームよりも絵の第一印象で判断する。

ここへきて本当に絵の大切さを実感しています。

もっと楽しい絵が描けたら。
もっと魅力的な絵が描けたら。
もっと華のある絵が描けたら。
もっと読者が喜ぶ絵が描けたら。

無いものねだりしていても始まりません。
他の漫画家さんのようにもっと絵の勉強もしていかないとこの年になっていけないと切実に感じています。
とにかく「ぶっつけ本番」は避けなければ。
幸い来月はここしばらく続いた忙しい状態がやっと落ち着くので落書きの時間が取れそうです。

なんだかんだと偉そうに能書きばかり垂れていて本当に恥ずかしいばかりですが
言い訳をしていても始まらない。読者には作者の都合なんて知ったこっちゃないですから。
ダメな点を洗い出して少しでも良くなっていくよう改善しなければ。
しばらくはネットを控えて稽古の貯金を少しでも増やしていこうと思います。(いや貯金なんてなかったんだ)
結局は自分のためなんですから。


ということでネットは当分控えます〜〜。
ではでは。
by mieru1 | 2010-05-29 21:16 | 漫画を描くこと | Trackback | Comments(4)