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子どもは風をえがく

先日ユジク阿佐ヶ谷で上映されていた中瀬幼稚園の一年を追ったドオキュメンタリー映画「子どもは風をえがく」を鑑賞してきました。
最終日には園長先生が急遽トークのためにやってきて20年ぶりの再会となりました。

それにしても。
当時の幼稚園の園庭は今のターシャの庭のように草木で生い茂っていなく、泥の園庭で一日サッカーをして終わる子もかなりいました。
なので今の園庭は私にとっては新鮮で、より中瀬らしい遊びが展開されているのだな、と羨ましく思いました。

映画の前半はわりとイベント中心で派手な感じがしましたが後半になると子どもの自然な園での様子が垣間みられて自分としては、こういう「ハレ」じゃない日々が観たかったので良かったです。
都会では考えられない自然の中で遊ぶことが今はどれだけ贅沢なことでしょうか。
いや、今私が住んでいる埼玉も自然は豊かですが中瀬の子どもほど自然に親しんではいません。
五感を使って暑い冷たい、ザラザラ、ぬるぬるなど色んな感触、匂いを毎日経験してほしいものです。
子ども達の表情の豊かさ、逞しさに微笑ましくなります。

それにしても先生方。あんなにハードなお仕事されていたんですね?(汗)
水はおろか、泥をかけられ、落ち葉に埋もれさせられ。
落ち葉に埋まっているのは写真で見た事あるんですがあんなに汚されて先生も体をはって子どもと遊んでいる姿に、その体力に驚かされました。お疲れ様です。

20年前担任だった先生に伺ったところ、当時も同じで今とあまり変わらないとのこと。そ、そうだったんですか・・・。(汗汗)
私達は子どもを送迎するだけだから普段先生方の授業風景を見る事はなかったので驚きの発見でした。
あんなに大変なお仕事をされていたとは。ありがとうございました。

そして毎日のように泥だらけ、ずぶ濡れと汚す事が仕事になっている子ども達。
あの園に通うとはそういう事を許せる親だけ。
今でもそういう親御さんがあそこに住んでいる事に感激しました。やったね!と拍手を保護者殿におくりたくなります。

そうそう、私もあの頃は毎日靴を最低二足は洗い、靴は長靴を含め5、6足は常備していたと思います。
「子どもは汚すのが仕事だよ。」と常々言っていたので目の前でわざと転がって汚した時は泣きたくなったことは忘れません。
子どもにしたら母親は汚すと嬉しいんだ、と思ってたんでしょうね。

幼児画について
by mieru1 | 2016-03-10 20:27 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

子供のイジメについて

先日7月14日のTwitterで呟いたのだけどツイートって炭酸の泡みたいな存在なので
検索に引っかかるブログにそれをコピペしておきます。


1.家の喧嘩の出来ない息子も中学時代一人の男の子から執拗にいじめられてた。親としては無視して近寄るなと言っていたがある日学校から殴られてメガネが 壊れたと呼び出しが。事の真相を聞くために迎えに行くとそこには片目が腫れた息子が。「メガネの上から殴って失明したらどうすんの?」と思った。

2.男の子だし、多少の取っ組み合いの喧嘩は許容するけどリアルな喧嘩をした事のない世代(バーチャルな喧嘩はよくしてる)はどこまでやったら危険かという事を認識していない。そんな事を説いても無駄だし直にその子に注意をし、その後家族が家に謝りに来た。旦那は怖い父親の役をしていた。

3.聞くとその子の家庭の事情が複雑で根はそこにあると思った。心の平安が無いと無意識にイライラして大人しそうな子に八つ当たりをして鬱憤を晴らす。そういう事だと思った。注意して「ハイ。わかりました。」と素直になればいいけど人間大人も子供もそんな簡単に変われる訳がない

4.結局相手の環境が良くならない限り事は変わらない訳だから今まで通り息子には無視しろ、と言い続け学校に行きたくなければイカンでよろし、親は息子の味方だからね。と繰り返し言った。と言いつつも卒業まで息子は休まず通い相手の子は途中から不登校になったとか・・・

5.暗黒の中学時代を過ごした息子だったが頑張って入った高校では今までが嘘のような充実した生活を送って本当に良かった。そういう意味では今辛い思いをしている子達に狭い世界で終わらないで、と伝えたい。学校、日本が全てじゃないよ。

6.学校くらい行かないと恥ずかしい、何て世間体ばかりを気にしている親がいたらバカバカしいね。そこに一生いる訳でも無いし。その子にとっての世界を見 つける方がよっぽど大事。学校はそのための手段。その子の生きる道を探す方が大事。自分の存在を否定される事のなんと辛い事よ。

7.そんな理不尽な環境に自分を殺してでも通う意義は無い。(思い出してムカついて来た)そして虐められていることを恥ずかしいなんて思わなくていい。相 手が変なんだから自分をそんな奴らの犠牲にしなくていい。「やったもん勝ち」と思うかもしれないけどトータルで考えたらそんな事全然ないから。

8.登山でも「撤退する勇気」というのがあるけど虐められてる子は「学校に行かない勇気」が必要だ。どちらも自分の命を守る事。そしてそれを支援する親は 学校を当てにしないで家庭学習をさせたり塾に行かせたりできるといいんじゃないかな。暫くの間の辛抱なんだし。自分達で道を切り開く。


ーーーこの時の親の対応としては先生や学校に猛烈なクレームをつけて対立構造を作ることは避けました。
先生を敵に回しても仕方ないし。子供が学校で孤立しても困るし。
相手の子も根っからの悪い子ではなさそうなので諭すように注意しましたが、しばらく大人しくしていたけれどやっぱりちょっかいはかけて来たようです。
救いだったのは徒党を組んで虐められるとか金銭の要求をしてきた、という事が無かったこと。
本当に嫌がらせ程度で済んだ事です。(息子本人はそう思っていないでしょうが)


とにかく相手(虐める子供、学校)の変化をすぐに求めてもそれは無理な話なので
早急な環境の変化を求めるには自分たちで動くしかないと思う。
そして親は子供が辛い気持ちを聞きやすい環境を作ること。
子供を否定したりするのではなく、自分もその立場だったらどんなに不安な気持ちだろうと同情しながら聞くといい。
そして「よくそんな辛い事を我慢していたね。」と褒めてあげてほしい。
ささいな不安な事でも親に話しやすい雰囲気を作って十代の危機を乗り越える。
なに、一生今の状態が続くわけじゃなし、長い人生考えたら少しの間。
そのくらいの気持ちで構えて欲しい。

特に赤字で示した「学校に行かない勇気」は標語にでもしてもらいたいくらいだ。
それと同じく「(暴力、脅す)いじめは犯罪です」も。
やっている子にとっては「遊び」でもやっていることは犯罪なんですから。
「遊び」と言えば全てが許されると思っていたら大間違いだ。
相手が泣くほど嫌な思いをしているどこが「遊び」なんだ。
それは虐める側の「イジメ遊び」だろうが。
相撲部屋の「かわいがり」がリンチという行動にすり替わったのとよく似ている。

今回の事件で「イジメは犯罪」というツイートもよく見かけますが、
当時読んだ漫画原作者の牛次郎の本、「いじめへの挑戦―私たち親子は、かく闘い、かく克った」には
はっきりと「イジメは犯罪である」と書かれていて目から鱗が落ちる思いでした。(私達が読んだ本でそういう捉え方をしていたのはこの本が初めてでした)
だから「虐められている事を相談するのは恥ずかしい」と思うのは誤った認識なのです。
相手はヤクザと同じ事をしているんですから。

それにしてもあの子、今どうしているのかな?「このままじゃ駄目だ。」と気づいて立ち直ってくれてればいいんだけど
そういう気持ちになろうにも体力がいるからね。
by mieru1 | 2012-07-15 13:55 | 本読み/こども | Trackback | Comments(2)

ケンカが弱い男の子

タイトルは家の長男。


元来男っぽい性格で、幼少の頃から少年漫画ばかり読み、強い男に憧れるワタシは
男兄弟がいないこともあって、男の子といえばいたずらで粗雑でカラッとしていて少し乱暴者、という認識でした。

ですので息子が生まれた時は本当に嬉しかったし、少年漫画に出てくるような
元気でまっすぐで強い男の子に育てよう!と無意識に思っていました。(そういうものだと思ってた)

しかぁ〜〜し!
我が長男は泣き虫のおしゃべり。性格はしつこい。なんか思ってたのと違う。
で、問題なのはケンカ。
取っ組み合いのケンカというものをしたことがないんじゃないかしら。
3つ下の弟も叩いたことないんだから。(親がけしかけても、です。)
別に好戦的な性格がいいとかそういうのじゃなく、男だったら少しはやり返すって気持ちにならないのだろうか?と思うくらいやられっぱなし。
終いには大家さんに「○くんは女の子にも泣かされるんだねぇ。」と同情された。(;´д`)トホホ…
いや、家のアパートの女の子強いですから。

自分に植え付けられた男の子のイメージ(主に梶原一騎。ううっ、ハードル高すぎ。)に合わない事に悩むワタシ。
今思うとバカですよねぇ。男であろうと女であろうと個人によって性格なんて違って当たり前なのに。
そういう自分は女の子らしい女の子だったのか?と今になって思います。(スマン息子よ。汗)

ケンカは弱いけど、好きな事に対する集中力、複雑なブロックなどを一人で完成させる忍耐力には幼児とは思えないほどの力を発揮し、人に教えることが好きで気持ちの優しい子でした。
そういう所は我が子ながら尊敬できる所でもありました。



ーーー悶々と何故、家の子はこんなに弱いのか?と考えていたある日、フト気づいたのです。

短所と長所は対なのでは?と。

「光ある所に影あり」という、アニメ「サスケ」の冒頭の台詞が頭の中をよぎりました。
明るい長所の影には必ず短所があるのです。

気の優しい子が喧嘩が強い訳がない。

どちらを長所、短所に捕らえるかはその人の価値観によりますが、長所と短所は背中合わせ。表裏一体。
まるで陰陽の太極図↓のようだ、と頭に浮かんできました。
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これ、何も性格だけに限らず、世の中の色々な面でこの太極図が当てはまるな、と思うことがあります。
大金持ちで何不自由なく暮らしている一方で家庭内不和であるとか、便利になれば体力・知力が衰えるとか、頭はいいのに冷たいとか、芸術面で秀でているけど人付き合いが苦手とか・・・・

よく考えれば当たり前のことなんですよね。
長所だけの人間、欠点の無い人間なんていないのだから。
いつの間にかワタシは我が子にそういう「欠点のない子」を求めていたんだな、と気づいたんです。

そうと気づけば今度はその子の持って生まれた性質は何なのか?を見極めて育ててあげるのが親の務めなんじゃないかと思うようになりました。
影を無くすことではなく。

月見草にヒマワリの花を咲かせることができないように、その子の素質を潰す事無く伸ばして花開かせることが親の役目なのでは?と。
無理にヒマワリを咲かせようとするから歪みが出る。
ヒマワリが好きだから咲かせようというのは間違っているんじゃないか。
だったら月見草の良い所を考えるようにしようと。

ですので、喧嘩の弱い子が無理して喧嘩に強くならなくてもいいじゃないか、
むしろそういう弱い立場に立つ事で学ぶこともあるし、人の痛みに気づくこともできる。
そう思うと喧嘩に弱いことも悪いことではないじゃないか、と思うようになったのです。


件の息子も成人し、社会人となりましたが、長所は伸びた反面、頑固な性格になったかな?とも思います。(笑)
それも長所が伸びると共に伸びる影のようなものだと思ってます。
頑固なのは我慢強さの延長線上にあると思うので(笑)。


で、どんな花になるのかを見るのも子育ての楽しみの一つです。

月見草だと思ってたら朝顔だった、ってこともあるかもですが。



猪木様のお言葉↓
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by mieru1 | 2012-02-23 01:23 | 本読み/こども | Trackback | Comments(3)

自由保育の楽しさ 中瀬幼稚園

うお〜〜!宣伝しておくの忘れた。

杉並区在住の時に長男が通っていた中瀬幼稚園のドキュメンタリー映画を
今月30日(土)までラピュタ阿佐ヶ谷で上映中!

「風のなかで むしのいのち くさのいのち もののいのち」

予告編↓


中瀬幼稚園は東京23区にしては珍しい、自然に触れられる幼稚園です。
保育内容は自由保育で子供達が自主的に遊びます。
もちろん泥遊びは当たり前、夏になると敷地内にある林(たけのこ村)でクワガタやカブトムシをゲットできることもある、非常に羨ましい環境。
園の畑でサツマイモを育て、秋になると収穫祭。焼き芋はもちろん、茎まで煮付けて食べるのです。
そうそう、息子はヒキガエルを捕まえた手で目をこすったら翌日目が腫れてしまってビックリでした。カエルの祟りかと思いましたよ。(ヒキガエルは毒があるそうです。ミミズにおしっこをかけるとオチンチンが腫れるというのも本当なのでしょうか?)

そしてドリルなどの勉強は一切無し!
そのかわり造形に関しては他所の幼稚園より力を入れているかもしれません。(といってもあくまで遊び)
親に絵本講座や幼児の絵についての講習などもやってました。(園長先生の専門なので)
給食無し、送迎バス無し、勉強無し、泥だらけ、ということで今の時代、親から敬遠されそうです。
いわゆる主流の幼稚園とは違いますが、ワタシは子供時代はこれが普通の生活じゃないかと思っているし、何より東京に住んでいて自然と毎日遊べる環境が魅力で、この幼稚園を選びましたが、ここを卒園した我が子を見ているとつくづく中瀬幼稚園に通わせて良かった!と思っています。

工作好き、自然好き、登山が趣味、と彼の中で中瀬魂が花を咲かせていると感じるからです。
幼児期に遊びを通して五感を育てられたと感じられます。これは人の生きる基礎だと思います。
そして好きな事にとことん食らいつく、そんな集中力も養われたような気がします。
なんたって砂場で「水道管遊び(だっけ?)」をずっと遊び続けていたくらいですから。
つまり気に入った遊びをお弁当の時間まで中断されることなく遊べるのです。
水道管遊びは屋根の雨水を受けるトヨを組み合わせて上から水を流す遊びで積み木とブロックみたいな組み立て遊びですが、どんなふうに水を流すか、トヨを沢山使って長く流そうとか設計、失敗、工夫と試行錯誤して遊びに参加している子供達で完成させるのです。
考えただけでも楽しそう。
あーー、そういえば段ボールハウスを作るのにも熱中してたっけ。
こういう創造系の遊びは楽しみながら自然に「頭と手を使う」のがものすごくイイです。
で、経験して色々わかってくると他の友達に指示したりして頼もしくなるのが微笑ましい。
身体を使って真剣に遊んでいる時の子供達の生き生きとした表情といったら!
本当に幸せそう。
こういう時を過ごした子供達はきっと心に強い幹が出来てると思う。


同じように自由保育の保育園のドキュメンタリー映画「アリサ ヒトから人間への記録」というのがあります。
こちらは市の教育委員会かなにかの催し物で観ましたが、もっと子供達が「野生児」していて観ていて面白かった。
で、子供が汚れることを嫌う親にはかなり衝撃的な場面もあった気が。
だって本当に子供達の生活が原始人のそれと変わらないような、危険だったり「不潔」だったりするんだもん。
でもそれが子供本来の姿なんじゃないかな〜〜、とかなり羨ましく思えました。
こういう遊びを通して逞しく成長していけるんじゃないかと。

ワタシは自分の子供時代、自然と一切かけ離れた場所で生活したこともあって(そして本当は自然豊かな土地で子供時代を過ごしたかった)いつまでも「子供時代にこうしたかった」という憧憬があります。
もしもまた子供時代をやり直せるなら・・・・
そう思うとこの中瀬幼稚園や「アリサ」の舞台となった保育園で過ごしたい。
いや、本物の自然が残っている場所で一日中遊んで生き物達を観察したい、と思います。
by mieru1 | 2010-10-23 22:59 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

顔に意識が行ってしまうので困る

今日のクローズアップ現代は子供の教育について。

“10歳の壁”を乗り越えろ
〜考える力をどう育てるか〜

ワタシの興味のある分野なので真面目に聞いておりましたら
解説の先生の激しいまばたきや口元を見ているうちに
なんだかサンダーバードを思い出しちゃって・・・・・
頭の上に見えない糸がありそう。
話を聞くよりも顔に気を取られてしまいます。

それでも話に集中して聞いていると
横で観ている旦那と息子までが

「額のしわが凄いギザギザだ。まるで描いたみたい。」とか
「秀吉の役をやらせてみたい。」とか
「授業を受けたら面白そう。」とか
横でごちゃごちゃ五月蝿いんだよ〜〜〜〜〜〜〜!!

一番大切な所を聞けなかった気がする・・・・(´Д⊂ク゛スン

面白顔の解説者は注意がそっちに行ってしまうので困ります・・・
まるで授業中に先生の話を聞かずに似顔絵を描いているみたいに・・・・
ワタシも先生の顔に注目しちゃって後で似顔絵を思い出して描いてみたりするから文句が言えないんですが・・・・・・(昔と変わんないじゃん)
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ちなみに画像検索したらありました。
以下

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ワタシ、目撃者として役に立てるかしらん。。。。。。

画像だとなんか意外と普通。
やっぱ動いている先生じゃないと楽しくよくないや。

顔ばかり注目してたから髪型を覚えていませんでした。
それだけ目っていうのは全体を見ていないものなんですね。

ーーーちなみに先生は子供の考える力をつけるのに大切な二つが

*読書
*親子の会話(あれしろ、これしろの命令は会話ではない。疑問を聞いてあげるとか、普通のコミュニケーションを多くとりましょう。)

とおっしゃっていました。
(考えるときは日本語で考えるので、日本語力を充実させるために必要なのが普段の会話と読書です。)

以上、今日のクローズアップ現代の内容でしたっ。
by mieru1 | 2009-06-18 22:54 | 本読み/こども | Trackback | Comments(7)

「今は女の子が人気の時代」

という記事が今朝の朝日新聞のbe土曜版に載っていました。

そういえば読み聞かせボランティアを小学校へしに行って気づいたんだけど
クラスの男女比が昔だったら男の子が圧倒的に多かったのに、今はもしかして女の子のほうが多い?ってクラスがあります。(半々くらい)
男女生み分けというのがあるのかもしれませんが、環境ホルモンの影響でメス化が進んでいるというのと関係あるの?と心配になってみたり。

で、この記事の内容なのですが、女の子の欲しい理由としてあがってくるのが「老後の支え」(家事、精神面)。
これ、自分が女だから思うのですが、そんな理由で女の子が欲しい、なんて言って欲しくないなぁ。
ワタシは年をとっても出来る限り子供の世話になりたくない。
親の務めは子供を自立させること、と思っているのに何で子供に依存することを生まれる前から目的にするかな。
子供には子供の人生を充実させて欲しい。
そのためにも自分は年をとっても働いて自立していたいし健康でいたい。
まっ、そんなことを言っていてもこの先自分がどうなるのかわからないし、状況が変わればそんな強がりも言ってられないし。

女親としては老後の話し相手としてやっぱり女の子がいい、というのがあるのでしょうが
男の子だって充分話し相手になると思いますよ?

自分の場合、男二人ですが下が生まれる時は「元気であればどっちでもいいけど子供が大人になった時、同性のほうが兄弟同士何かと話やすいかも。」と思っていたので二番目も男の子でヨカッタ!と思ったものです。
(お医者さんには「また男の子だったよ。」なんて言われて腹が立ちましたが。←当時から女の子の方が人気がありました。)

で、よくある話としては小さい頃は母親は男の子のほうが可愛くて父親は女の子が可愛い。
でも年頃になると異性の子供は扱いが難しくなり、年を取ると母親は話し相手になる娘がいい、というパターン。(父親はどうなんでしょ?)

でもでも、ここでワタシは言いたい。
「男の子しかいないお母さん。男の子ってやっぱりいくつになっても可愛いですよね〜〜〜〜?
男の子って見ていて面白いですよね〜〜〜〜?
それでもって意外と優しくて頼れるよね〜〜〜〜?」と。

男にしろ女にしろ、結局その子次第。
面倒をみてもらうつもりが冷たい子に育つかもしれない。
でもそういう子に育てたのは自分にも責任がある訳で「こんな子に育つといいな。」と期待通りになることのほうが少ないかもしれない。

本読みボランティアの人に娘についてどう思うかと尋ねると意外とシビアで
「出かける時『家でゴロゴロしてるならご飯の支度ぐらいしてよ!』と言付けておいたらケーキが作ってあった。
娘、使えない!」と二名のお母さんから答えをいただきました。(汗)
そういえば中学の保護者会でも修学旅行の説明を受けた時、女の先生が
「今は女の子のほうがだらしなくって部屋に入ると物が散乱しているんです。」と言っていた。
女の子は持ち物が多いから散乱しちゃうのはわからないでもないけど
「女の子だから綺麗好きで面倒見がいい。」というのは本能ではないみたいなので「老後の支え」になってほしいのならやっぱり躾が大切かなと。
いや、躾よりも優しさや思いやりの「心」が大切かな。
でもこれは女だけでなく男にも必要だよね。

そういうワタシも忙しさを言い訳に親の世話に行ったりせず親不孝しているので何の役にも立っていない娘なのですが
いざとなったらその覚悟くらいあるし
男の人が一人で親を介護している場合だってよくある。
だから子供が生まれる前から「親の世話をして欲しいから娘がいい。」なんて性別で役割を押し付けないで欲しいな。
自分の子なんだから男女で差別するなんて悲しいじゃない!

そんな遥か先の心配よりも今を大事にしたい、と思うのでありました。
by mieru1 | 2009-05-02 23:24 | 本読み/こども | Trackback(1) | Comments(2)

読み聞かせが子供にとって大切なことは

小学校での読み聞かせボランティアも早いもので、もう丸10年も経っていました。月日が流れるのはなんと早いことか。驚いた。
我が子が卒業してからは、一年に数回だけ、という年も増えてきましたが自分なりに読み聞かせの大切さについて感じることが出てきました。

「お話を聞いて内容を理解できること」
人にとってとても大切なことなんではなかろうか?ということです。

お話を聞く、という行為はテレビや漫画と違ってビジュアル面の補助がありません。
つまり耳から聞いて自分の頭の中で話の内容を想像する行為です。
これは人の話を聞いて理解するということです。
聞きっ放しで頭の中で考えないと理解できないということです。

読み聞かせのボランティアが始まって2年目の年、高学年で続き物の話を読んだのですが
低学年から「お話を聞く」という習慣が出来上がっていなかったせいか、高学年にもかかわらず
クラスのあちこちでおしゃべりをする小グループが発生していました。
当然真面目に聞きたい子の邪魔にもなっていますが、クラスの中でそういうグループが複数いると場の雰囲気も悪い方へ流されてしまいます。

「こんな調子じゃ授業中もうるさいんじゃないか。」と想像がつくのですが、この子達が中学に上がると
偶然なのかこの学年は荒れていた、ということです。

「お話を聞いて理解できる習慣」ができていると授業中の先生の話も理解できるはず、と思うんです。
理解できなくて面白くないから友達とおしゃべりしたり居眠りしたりするんじゃないでしょうか。
読み書き計算を教えることよりも先に人の話を聞く大切さを私たちは忘れていないだろうか?
そんなことをこの10年間で感じ取りました。

そして普段当たり前すぎて意識しない「話を聞く」ということは「相手を理解する」ことにも繋がると思います。
相手が何を考えているのか、何を自分にして欲しいのか、つまるところコミュニケーションの前提なのです。
いい年した大人が人の話をちっとも聞かないで自分の言いたいことばかり話す人の相手をするのって疲れるじゃないですか。(結構いますよね。)
あれはコミュニケーションがとれないストレスからくるんですよね。「なんだ、ちっともこっちが言ってることを理解してないじゃないか。」って。

そして読み聞かせから読書へ発展していくと、また新しい世界が広がります。
(読み聞かせは読書への橋渡し)
読書は物語に限らず写真集や図鑑、絵本、漫画等も含みます。
それは自分一人では経験できない世界を本を読めば読むほど知れる、ということ。
(これは本に限らず人付き合い、テレビ、ネット、映画などあります。
もちろん実体験のほうが強く身に付きますが全てを体験できる訳ではないんでそこを補う訳です。)
子供達にとって手軽に色んな世界が知れて人の気持ちを知る事もできます。
興味のあるものを発見すれば、そこから更に読書が広がります。つまり自分の世界を広げて構築していくことになります。
そして物語は文章だけで表現する分、感情表現に優れています。
そういうことの積み重ねでいろんな立場の人間の気持ちを知ったり想像できるようになると思います。

そして読書に慣れれば、文章を読み取る力もつきます。

例えばテストの問いが何を求めているのかがわかるか。
それが理解力に繋がっていると思います。(国語力が大切、というのもこの読解力のことでしょう)
読書から語彙が増えれば表現する幅も広がって、自分の考えを表現しやすくなります。


とにかく「読み聞かせ」を小さい頃から習慣づけて人の話を聞ける人間に育てればその子にとって善い人生になるはず。というのがワタシの言いたいことでした。

小さいお子さんを持つ方は、読み書きや英語を教える前に読み聞かせで土台を作ってあげましょうよ。
字が読めなくてもお話は聞けますから。
図書館を利用すればお金もかからないし。
親子のコミュニケーションにもなっていいですよ。
by mieru1 | 2009-04-21 15:52 | 本読み/こども | Trackback | Comments(7)

ガンを飛ばす幼児

いや〜〜、今日の朝青龍対把瑠都。凄い闘いでしたね。
組み止められると弱いと言われる朝青龍がその上手さと執念で勝利をもぎ取りました。
無差別級の闘いで小兵と呼ばれる朝青龍が重量級の把瑠都に勝つ。
体重差26キロ、身長差14センチ。
把瑠都を抱え上げる時、押し出すときの必死の形相が素敵でした。

ところで人間は、いつから人を睨みつける怖い顔をするようになるのでしょうか?

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これは家の次男がもうすぐ二歳の時の写真です。
それが
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こ、こんなチビこい幼児がこのようにガンを飛ばすんですよ!きょわいよ〜〜〜〜〜!!

この顔、実はある人の真似なんです。
それは

「横綱・曙」

この時期、大相撲を観ていた記憶はないんですが、多分テレビのニュースを見ていて覚えたんだと思います。

立ち合い前の曙をイメージして「アケボノノメ。」と言いながら得意になって真似する次男。恐ろしや。。。。。。
(ちなみに武蔵丸のことは「マシュマル」と呼んでいました。)

この子、保育園時代から帰宅すると祖父母の部屋で相撲観戦していまして
羨ましいことに朝青龍が大関に駆け上がる頃を観ていました。
ワタシは夕飯の支度でこの時代の朝青龍は観ていません。(涙)
先日あの頃の朝青龍を覚えているのか尋ねたところ
「朝青龍はあっという間に大関になって横綱に昇進したよね。」と、しっかりと記憶していました!くそ〜〜〜、羨ましい!

そして今、朝青龍の真似をする幼児はいるのだろうか?
まわしをポンッ!と叩いて睨みつける所作までトレースするような幼児が!
(多分ワタシが幼児だったらやっていると思います。)

そして成長した次男ですがこんなんなりました。

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ものっすごく愛想がありませんっ!
睨みつける目はそのままに成長いたしました。
怖いよ〜〜。
でもやっぱり可愛い我が子なのであった。
by mieru1 | 2009-03-24 00:22 | 本読み/こども | Trackback | Comments(0)

息子がカレーを作ってくれました!

仕事がうまくはかどらない原因としてあるのが細切れにある「家事」。

今日は仕事の遅れを挽回するため、こいつをリストラしました。

1、洗濯
2、掃除
3、夕飯作り
4、買い物

昼食を家族でとりながら、「ねぇ、今夜はカレーの材料があるから誰か作ってくれないかなぁ?」と提案してみる。

本当は、仕事が忙しいというはずなのに昼間からmixiをやってニヤけている旦那に当てつけてのものなのだが。

しかし!
旦那がこの仕事をふったのはもう春休みに突入した長男20歳!!

「山岳料理でいいからさ、頼むよ。」
「山でカレーなんか作らないよ!あんな油ぎった料理、後始末が大変じゃないか!」
ーーーというものの、特にイヤとは言わず請け負ってくれました!

息子に料理を頼むなんてことは初めてなんだけど、このときほど早くに子供を産んでおいて良かった!と思ったことはない。
そうよね、二人とも大きいんだもん。最悪「勝手にインスタントラーメンでも作って食べて。」と言えなくもない。
おまけに自動車免許も取ったんだし外食も行ける。
(次男は一昨日サーターアンダギーを一人で作って皆にふるまってくれました。
小学生の頃は毎日焼きバナナを作って食べてたスイーツ大好きっ子なのだ。)

かくして長男がカレーとサラダを作ってくれましたが、その間仕事をしながら背中で「大相撲トーナメント」を聞きながら仕事してました。
おかげで明日までにペン入れ、完成しそうです。
これなら夕方買い物(田舎なので一回につき三日分くらい買い込まなければならないので、2〜3時間かかります)にも行けるかも。
明日は弁当いらないし、朝食もカレーでいいし!

で、かくして気になるお味の方は・・・・・・

美味しいよ〜〜〜〜〜!!
ミエル、感激〜〜〜〜〜っ!!

初めて一人で作ったにしては上出来だよ!
ううっ。人が作る料理って美味しいな〜〜〜〜〜。
器用な息子で良かった良かった助かった。

そうそう、これはワタシが常日頃思っていることですが、これからの男子は炊事洗濯ぐらいできないと結婚できませんよ!

息子たちにも「結婚したら積極的に家事の協力するんだよ。でないと結婚出来ないよ!」と言い聞かせています。

今日日共働きは当たり前。
同じように働いているのに男だけ家の事をしなくていい訳ないじゃないですか!
こういうことが積もり積もって家庭内不和に結びつくんだよっ!


ーーーと恨みを込めて誰かにメッセージといたします。
by mieru1 | 2009-02-09 03:10 | 本読み/こども | Trackback | Comments(2)

我が子の二十歳のお祝いに

ふらつきながらもお祝いの品々を買いに出かけました。
鯛の尾頭付きに、赤飯(自分で炊けば良かったかも)、ケーキ。
毎年思うのですが、クリスマスから誕生日まで祝い事が3つ立て続けにあり、出費にご馳走にと正直うんざり。
でも二十歳ですからね。いつもと意味合いが違います。
これが最後のご奉公ということで気合いも入ります。
もう来年からは全てのお祝いは「オールインワン」でお願いいたします。

思えば20年前。
あと2日で昭和天皇が崩御されるという、たった7日間しかない昭和64年生まれ。
ミレニアム出産よりレアな誕生日になってしまいました。
あれはワタシが24の時の子。
ワタシもついに41歳か。歳をとる訳だ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今じゃすっかり熟女よッッ!(どこが)

そうそう、大学出てすぐに結婚して子ができたもんだから、バブルの時代は子育てで終わってしまいました。
友達なんてやれ海外旅行だ、六本木だとドンチャンやっていたというのに・・・(;´д`)トホホ…
ワタシなんて毎日近所の公園へ出勤ですよ!泥だらけのクツを洗う毎日。
ちょっと遠出をして石神井公園、井の頭公園、昭和記念公園・・・
年間パスポートを買って児童館代わりにしていたいわさきちひろ美術館。
今にして思えばなんて楽しい時代だったことか。腰痛には悩まされたけど。

バブルの恩恵に一番与っていたのはこの息子でしょうね。
レゴなんて一体何万円つぎ込んだものやら。
木のオモチャも津川雅彦の店(グランパパ)でよく買ったっけなぁ。
そして何といっても東京にいながらにして畑と竹の子村のある自由保育の幼稚園でしょう。
あそこで自然の遊びを堪能できたのが良かったし、文化的な幼稚園でした。
絵本もよく読んであげたし、機関車が好きなので、それにまつわることもいろいろしてあげた。
プラレールにダイキャストの模型、本を買ったり秋葉原の交通博物館には数えきれないほど行き、祖父には鉄道旅行にも連れて行ってもらった。
鉄道を通して地理、歴史が得意になり、今じゃ鉄分が濃すぎてすっかりミリヲタに。026.gif
頑丈で無骨な鉄の塊に萌えを感じるのが行き過ぎると戦車に行き着くようです・・・・・・
思えば山岳部に入ったのも、旅行好き、サバイバルごっこと通じるものがあります。

ーーーと、こんな話をすると「俺はバブルってものを知らないんだ!」と次男坊が吠えるのでこのへんにしてと。

振り返ると自分が子育てに一生懸命だったのがわかる。
女・星一徹母ちゃんなので時には厳し過ぎることもあって
満点母ちゃんというわけではなかったけれど、子供を通して一つ世界が増えた。
環境汚染や食品添加物、友達関係や発達心理学、子供と遊び、絵本や読み聞かせなど勉強したこと、気づいたことも沢山あったし、それが自己形成の一部になっている。
よくいう「子育ては親育て」ということですね。
すっかり逞しくなった我が子を見ていると自分の子育ては間違っていなかったんだなぁ、とホッとします。

でも文章の途中にある数字の間違いには突っ込まんでください。よろしく。
by mieru1 | 2009-01-05 20:58 | 本読み/こども | Trackback | Comments(4)