日本植物学の父とその妻

今回「ちゃぐりん」2月号で取り上げた
牧野富太郎サンはほぼ一人で植物学を極められた人です。

明治初期、日本ではまだ植物学がメジャーでなかったので
研究のために内外を問わず学術書を買い求め、全国に植物採集に出かけ標本にし
植物画に表し、自分で印刷まで携わるこだわりの人でした。
採集した植物は40万とも50万種とも言われます。
植物画はアートと呼ぶにふさわしい完成度で、研究者で絵描き、という両方の才能を
持ち合わせていました。

本来なら大学でサポートされる研究を全て個人でまかなうのですから
いくらお金があっても足りない生活です。
(富太郎の学歴は小学校中退なので待遇が悪い)
家族も多く、当然のように借金生活ですが、本来楽天家なのか
植物さえあれば幸せな人だったようです。

ただ端から見ればお金もなくて子供も沢山いるのに
植物を採集するために旅に出かけるわ、高い学術書を買い集めるわ、
草木の絵を描いている「道楽者」と思われていたようです。

野口英世も借金の人でしたが
この時代はこういった俗に「困ったチャン」と呼ばれるような人を助ける人も少なからずいて、
人情が日本の学問発展の手助けになっていたんですね・・・

今回は、背景の書き込みも多かったわりに定規を使ってきっちり描かないといけない
機械や建物が出て来ないので、時間のわりには早くできました。
何よりも描いていて親近感を覚えるような絵が多かったんですよ・・・
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何かどっかで見たことがある部屋だ・・・・
そうだ、これって家じゃん!!  
ってことでした・・・・
(家は漫画本関連とビデオとLDとCDと・・・・ですが)(;´Д`)

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この見取り図も見事に人間の居住スペースを食いつぶしています。
子供達は荷物や家具の隙間で寝ていたそうです・・・・

本が多くて棚に収まりきらないと、こういうふうに横積みになるんですよね・・・・
とてもイメージしやすい部屋なので、とっても描きやすかったです!

しかし、富太郎サンの奥方・壽衛(すえ)さんは出来た人です喃。
私だったらブチキレて家を飛び出してしまうこと間違いなし!
しかも旦那さんの研究費用を必ずどこからか工面してきて研究に支障を出さなかったとか・・・
立派な貢献者ですよね。

壽衛さんがいなかったら「日本植物学の父」は存在してなかったでしょう。
by mieru1 | 2007-11-28 21:36 | 仕事 | Trackback | Comments(0)
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