二宮金次郎の松と祖父
三連休の初日、実家にいます。
8月号のちゃぐりんで取り上げる偉人が「二宮金次郎」さんなので、取材がてら帰ってきました。
地元の人は今でも金次郎さんのことを「尊徳先生」などと呼んでいるんですよ。
(まるで今も生きているみたい)

小田原には酒匂川があり、金次郎の時代はよくここが氾濫して、そのたびに田畑がやられ、稲作がうまくいかなかったようです。
そこで少年金次郎は売れ残りの松の苗を買い取り、川岸に松を植え、堤防にしたとの逸話が残っています。

そしてある意味、小田原の文化財ともいえるこの松を私のおじいちゃんは切ってしまったのです!

何故そんな大それた事をしたのか?
私の祖父は土木の親方をしてまして、その日は大雨が降り、川が決壊しそうなため、土木関係者は借り出されていました。
しかし川は増水して今にも氾濫しそう。
そこで祖父は金次郎先生の松を切って川の流れを変える堤防(と言うの?)にしたそうです。

なんとか川は決壊することなく済んだらしいですが、それを知った役人は怒り心頭!
祖父を呼びつけ「先生の松を切るとはなんたる不埒もの!」と処分を受けたそうです。
てっきり「よく氾濫を抑えた!」と誉められるかと思っていた祖父は怒って逆に「こういう時のために先生は松を植えたんじゃないのか!?」と喧嘩をして帰ってきたそうです。

私は小さかったのであまり詳しく覚えていませんが、その話を聞いて、あわてて家族全員で小田原の家へ行ったことは覚えています。
居間で祖父が不機嫌な顔をして座っていた記憶があります。

結局、役所側は祖父の言い分を聞き入れてくれて処分は取り消されたそうですが、その話を大人になってから聞いて、「じいちゃん、何てカッコいいんだ!!」と感動しました。

そんな訳で尊徳記念館を見た後、酒匂川の堤防を初めて見に行きました。
あんなに川幅が広いとは。そしてこんな大きな川が氾濫するくらいじゃ、確かに村は大打撃を受けるだろうな・・・と思いました。

そしてこれだけの大きい川が増水する中、死の恐怖に晒されながら川と格闘していた祖父をはじめとする作業員の人達。無我夢中だったでしょうが、怖かったでしょうね・・・・。
今では松はそんなに間を詰めてたくさんあるわけではなかったけど、一体どのへんの松をおじいちゃんは切ったのかな?なんてちょっとセンチメンタルに考えてしまいました。

祖父は、小田原競輪場も設計して造りました。
選手の間では「カント(傾斜?)がいい。」と言われているそうです。
短気で無愛想なおじいちゃんは仲間から「破れ太鼓」と呼ばれたそうです。
なんとなく梶原一騎好みのお話ですね・・・・・。
by mieru1 | 2005-05-03 22:37 | なつかし話 | Trackback | Comments(3)
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Commented by うおりゃー at 2005-05-04 00:36 x
破れ太鼓といえば、阪妻の名画。見なきゃいかんね。
Commented by n0n0n at 2005-05-05 13:35
御爺様、みなさんに慕われた偉大な方だったんですね。
いいお話ですね。カッコイイ!
みえるさんは、その御爺様の血を受け継いでおられるんですね!
ひょっとして、喧嘩ぱやいんですか?(笑)
口が悪くて、ごめんなさい。あ!口じゃない手がいけないんです!
この手が!(苦笑)ピシャン!叩いておきましたデスo(。_。o*)ペコリッ...
Commented by mieru1 at 2005-05-06 00:53
>うおりゃー(旦那)さん
そうなんですか。映画のキャラクターの名前なのね。きっと全然違うキャラなんだろうな〜〜。
貴方の知っているジジは、もうすっかり衰えていましたね。

>のんちゃん、私は短気じゃありませんよ〜〜。合気じゃぁあ!!
でも曲がったことは嫌いな所は似ているのかもしれません。
のんちゃんの一人突っ込み、楽しいです♡。
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